第270話 ついに幕があがります



 時は少しさかのぼり、ヴェオスがリジュムアータの姿が消えた事に気づいた直後。


「王弟殿下に送った書状の返答は?」

「まだありません」

 殿下に仲裁を受けたにも関わらず、それを台無しにするようなメイレー侯爵側の動きと悪辣さを誇張し、自らの大義名分をつづった上奏ちくり文書。


 政治的にはこれで、目の前の目障りなメイレー侯爵率いる部隊をどうにかできるつもりでいた。


 しかしヴェオスは忘れている。そもそもヴェオスがマックリンガル子爵を装いて、王の詰問団を殺害し、軍を起こし、大街道を脅かし、城を築いたという一連の流れが前提にあるということを。

 それだけでも、ヴェオスが自分達に正義ありって叫ぶのは滑稽な事だというのに。



 当然、届いた手紙を見た僕は、心中で大爆笑しながら笑いを堪えるのに必死になった。

 ちなみにその手紙をクララに見せたところ、クスクスと笑いを我慢しきれずに漏らしてた。





 そして先ごろ、リジュムアータがマックリンガル子爵領内に仕掛けることを提案した看板の策が実を結び、兵士達に動揺が走る。

 ヴェオスは鋭い牙へと変わる犬歯が折れそうになるほど強く歯を噛み締めた。


「……~~~っんだ、これは!!?」

 部下の報告に、思わず机をたたき壊す。


 完全にしてやられたと言っていい。何せリジュムアータが姿を消した直後のコレだ。完全に彼女が仕組んだと確信できる、自分にとって実にいやらしい一手。


 兵の動揺を抑えるために自ら出なければならない、けど、動揺を抑えるための材料が手元にはない。

 あるいは適当な魔物に変装でもさせてでっち上げる事はできるかもしれないが、そもそもこんな場所に自分の令嬢を連れてきている子爵、という時点で不自然・・・





 ―――ヴェオスには、生まれもったスキルがある。


 それは<偽張する自然感>ナチュラルブーストというもので、たとえ真実でない事であったとしても、事象として存在する事が自然であれば、そう錯覚させる事ができる、というもの。

 しかもその対象は世界すべてであり、上手く用いる事ができればとても強力だ。


 ヴェオスはこのスキルによって、自分の事を領民達などにマックリンガル子爵と誤認させ、さらには長年領地内に引きこもって中央に参内せずともおかしく思われない状況を成立させていた。


 しかし、このスキルはあくまでも ″ 事象として存在する事が自然な事象であること ” が絶対であり、かなり難解な条件をクリアした場合のみ、有効である。


 ゆえにシェスクルーナとリジュムアータ、本物のマックリンガル子爵の子供であるこの二人には自分を父と誤認させる事はできなかったし、領民の前に出る時は、完璧に人間の姿で、かつ本物のマックリンガル子爵が行いそうな施政や言葉を発する必要があった。


 なので事象として不自然になる場合、スキルの効力が働かない。

 要するに “ 普通に考えてそれはおかしくないか? ” と思う者が大勢いるような事が絡んでくると彼のスキルは効力を落とすので、なるべく “ ありえること ” を意識しなければならなかった。


 それは、かつての明晰な人間だった頃のヴェオスであれば、造作もないことのはずだったのだが―――




「くそが、くそがっ、あのクソガキがぁぁァアア!!』

 報告を持ってきた兵士が魔物であるとはいえ、憚る事を忘れて喚くその姿は、半ば魔物状態と化している。


 凶刃な生命力と身体能力を獲得した代償は重く、ますます知能は低下し、ささいな事にも我慢がならず、理性よりも本能が勝る存在へと堕ちてゆく。


 数秒後には、自分が何で憤りを感じているのかも忘れるくらいに怒り沸き立つヴェオスに、さらなる追い打ちの手がかけられた。


「? ……おいヴェオス、何だか外が騒がしいが」

『ンァア゛!?』




  ・


  ・


  ・


「―――と、いうわけで、僕達は彼女ら姉妹を救出する事に成功いたしました」

 僕は、城の兵士達から十分見える位置で、シェスクルーナとリジュムアータ姉妹と共に仮設台に登り、城の兵士達に向けて救出の経緯を語った。


 これがリジュムアータの追撃の一手だ。


 ヴェオスが今、冷静でいられないでいる事を推し量ったリジュムアータは、姉と一緒にその姿を見せる事で、彼らが親類縁者から伝え知った内容が真実であることを印象付けた。


 そして、ここでもヴェオスの正体が魔物であることは言わない。それよりもより印象付けるために、リジュムアータは一芝居うってみせた。


「……っ」

「!! リジュちゃんっ!! 大丈夫!?」

「へ、いき……おねえちゃん、……ボクの、姿を見せて……、余計な戦いが、起こらなくて済む……なら、……頑張る……」


 そう、このためにリジュムアータはあえて髪を切り整えないままにした。見た目に酷い目にあっていたことが一目でわかる姿は、100の言葉よりも説得力がある。


 そこに加えて、疲れ果て、弱り果てた仕草や動作を見せたなら……





「おぉ……間違いない、お二方だ!」

「なんとおいたわしいお姿にっ」

「じゃあ、やっぱり……あの子爵様は……偽物?」

「どういうことだおい!!?」


 当然、1万5000の兵士達の視線が、自分達の背後の城へと向けられ、ざわめきは荒々しい罵声へと変わる。


 二人はまさしく、子爵領の領民達のアイドルだった。


 普通は王弟こと僕がでっち上げた別人じゃないか? とか、そういう疑いを挟む人が少数でも出てきそうなものだけど、こうも簡単にこっちを信じてくれるのは、二人がそれだけ領民に愛されていたことの何よりの証だろう。



 そして、どうやらヴェオスは、ついに堪忍袋の緒が切れたらしい。



『オォオオオオオオオーーーーー!!!!』


 城がビリビリと震えるほどの雄叫び。騒がしかった兵士1万5000がビクッとなって、全員が沈黙する。


「! いけない、皆さん城から離れてください!! 急いでっ!!!」

 僕がそう叫んでも、残念ながら被害をゼロには出来そうにない。


 城の入り口や窓から、ドッと湧き出したのは、半分人間の姿を保った、まさに変身を解いて本来の姿に戻る途中の状態にある魔物達。

 その数およそ100体はいるだろうか? それらが飛び出してきた最初の一息で、城の前にいた兵士の10~20人くらいは軽くフッ飛ばされ、無惨にも絶命した。


「「う、うあああああ!!?」」


 絶叫。

 そして荒々しい足音と共に、城の正面入り口から姿を見せたのは、魔物の姿を半身に現し、もはや隠そうともしないヴェオス本人だった。



「……ちょこっと意外だったけど……手間は省けたみたいだよ、殿下」

 リジュムアータは、ヴェオスは城の奥に篭ったままか、出てきても言葉巧みに兵達を宥めようとするといったパターンを考えていただけに、まさかもう隠す事をやめて出て来るパターンは想定外だったといった様子だ。



 だけど狙いは達成できた。彼らに被害が出てしまったのは哀しいことだけど、これでこちらは軍事力でもって対抗できる!



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