第250話 ヴェオス君も職員室に呼び出されました




 そして、ヴェオスは僕の召喚に応じた。


 僕はアイリーン達を連れてクワイル男爵領からさらに西に少し行った小さな村まで出向いてそこに会見場を設け、 “ マックリンガル子爵 ” を呼び出した。




「これはこれは、お初にお目にかかります王弟殿下」

 あくまで ″ マックリンガル子爵 ” を呼び出したわけだから、当然僕は、ヴェオスについて、何も知らないフリをするわけだけど、加えてちょっと演技を織り交ぜる。


「ええと、……マックリン……―――」

「そこの読みはマックリンガル子爵ですよ、殿下」

「そっか、マックリンガル子爵さん」

 セレナが護衛を兼ねて僕のサポートに入る形を取ってくれている。事あるごとに、彼女にちょっとしたことでも助力を求め、“ 無能な王弟殿下ちゃま ” を演じる。


「兄上様から―――……」

「殿下、そこは “ 此度 の 一連 の 仕儀 について 問いただす ” ですよ」

「こたびのいちれんのしぎについて―――」

 マックリンガル子爵は、僕が生まれるかどうかの頃からほぼ自分の領内で引きこもっていた。

 今回はその事を逆手にとって、僕という人物が取るに足らないダメな王弟、だって認識させる。それがこの演技の狙いだ。


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「ははは、御冗談を。王様に武器を向けるなど、ありえないことですから、お兄さんたちには心配ないとお伝えください」

 案の定、僕が程度の低い人間だと思ったらしく、油断全開になるヴェオス。何ならちょっと子供をあやすような雰囲気するら滲ませていた。


「では、王の詰問団を手にかけた件についてはいかな理由がおありか?」

 セレナが僕に代わって問い詰めるようにヴェオスに言葉を投げかける。これも事前の取り決めだ。

 僕が頼りない様子を見せ続けると、逆に怪しまれる。世間知らずで威厳のないお子ちゃま王子が、ヴェオスとメイレー侯爵の仲裁仕事を任されるには明らかに実力不足だからだ。


 そこで王弟の僕は完全にお飾りで、周りがしっかりとサポートしてる風を演出する。



「……あれは、詰問団の方が悪い。我が領内において乱暴狼藉を働く者を放置しては、領民を守る領主としては、いかに王直属といえど放置はできますまい。むしろ王のためを思えばこそ、苦渋の決断をしたと捉えていただきたいものだ」

 ヴェオスの言葉遣い、ちょっとした所作、そして僕達への態度……


 それらをそれとなく観察していて、なるほどと思った。


「(人じゃない獣か何かが、人のフリをして取り繕っている感じだ。言葉遣いが微妙に荒いし、何よりいくらダメな王弟とはいえ、王族を前にしてるのにこちらを舐めてる雰囲気を隠そうとすらしない……しかもその事に自分で気付いてなさそう)」

 本人は十分に礼儀作法をわきまえているつもりなんだろうけど、残念ながら不足していると言わざるを得ない。


 魔物に魂を売って、感覚や精神まで人間を止めたのか。それとも元からこういうタイプなのかは分からない。



 だけど、これがヴェオス――――――ようやく黒幕の姿を拝めた僕は、さぁこれからが本番だ、っていう気持ちを強く感じた。








 最終的に、こちらの質問をのらりくらりとかわし続けたヴェオスに対して、僕は裁定として “ 一度、兄上様達に報告し、判断してもらいます ” と答えた。


 まぁこれも最初から決めていたことだけど、その言葉を受けたヴェオスは、明らかにこちらを侮ってるような笑みを浮かべていた。

 何せ言い換えれば、“ 僕じゃよくわからないから、お兄ちゃんに聞くね ” と言ったのと同じだ。


 つまり、ヴェオスからすれば王が出しゃばってくるまでは何も変わらない。現状のままやりたいようにやるだけ。

 考えることがあるとすれば、メイレー侯爵に武力対抗するに辺り、後で兄上様達に責め切られないような言い訳をどうするか、くらいだろう。


 ヴェオスは余裕綽綽よゆうしゃくしゃくで帰っていったけど、こちらの狙い通り、僕達には油断しきってくれたのなら、この召喚は大成功だ。



「……それで、アイリーンの方はどうでしたか?」

 ヴェオスがこちらに来た際のお供―――アイリーンには、そのお供の中でも外で待機している連中を <アインヘリアル> を使って観察してもらった。本体の方は僕の護衛もあるから、隣の部屋で待機していたけど。



「旦那さまの予想通りでした、ヴェオスが連れて来ていた護衛は人形の魔物ですねー。人間っぽい姿に変えられてましたけど、じっと待機し続けるのが困難だったみたいで、こっそり見ていたら何体かはヘンな挙動をしてました。たぶんあれらの中身はゲファノードっていう魔物だと思います」


 ゲファノード――――――比較的直立する、人間に近い四肢を持った半魚人。

 主に川なんかの水辺に現れる事が多いけど、水から離れても普通に生きていられる。

 身長や体格も人間に近くて、夜の暗がりで人間と見間違えて声をかけて襲われたっていう事件はちょくちょく起こってるらしい。


 ただその強さはさほどではなく、泳ぎが達者ではあるものの長所はそれだけで、身体能力や戦闘能力は人間の成人男性がタイマンで勝負できる程度に収まっている。



「……人型に近い魔物を利用したのか、それとも手駒がそれくらいしかなかったのか……セレナはどう思いますか?」

「私は後者かと愚考いたします。油断しないにこした事はないかと思いますが、護衛として引き連れて来る魔物がゲファノードでは、戦力的には人間の兵士でも同じのはずですから」

「セレナ姉。それって道中、自分が魔物だって知られないために、弱っちくてもいいから魔物の護衛を連れてきた、ってとこ?」

 ヘカチェリーナの質問にセレナは頷き返す。


「確かにその可能性は高そうですね。もしこの機に僕を害するなど、そういうつもりでいたならば、僕の傍にはアイリーンがいる事を知っているはずでしょうから、もっと強力な魔物を連れて来ていたはず……」

「あとは、考えられるとしましたら、あえて見抜かれるように仕向け、弱い魔物であると認識させる罠の可能性ですが、そもそも強弱に関わらず魔物を伴っていることが知られた時点で、こちらは有無を言わさずにヴェオスを糾弾できます」

 確かにその通りだ。そもそも魔物を傍に連れてると判明した時点で普通は大事になる。

 ヴェオスの立場からすれば、まだ自分の正体を知られないでいるためには、お供にしても魔物と見抜かれるのは痛い。

 逆に見抜かれてもいい、正体を知られても構わないと思っている場合は、バレた時点で間髪いれずにこっちの命を奪うくらいの企みを持って来てたはず。



 ――――――ヴェオスの手札は今、かなり薄くなっている。



 チャンスだけど焦るのはダメだ。分かったのは相手の本命戦力が弱っている状態にある、ってだけで、まだまだ行動を起こすには情報が足りない。





「では、次はあちらさんのお城を見学に行く事にしましょう」

 睨み合う二人の事情聴取のため、っていう理由でここまで出てきているんだから、現場を視察するのもその一環……僕の行動に不自然は何もない。



 表向きの名目を最大限に活用して、この機会に得られるモノは全て得るぞー。



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