第245話 訪問させて密かに話ます
この日、メイトリムに来客があった。
「お初にお目にかかりまする、殿下。エトエンクム地方を治めさせて頂いております、ハグワンド=シラ=コキュエワ男爵にございます。この度は突然のお目通りの願い申し出にお応え頂き、感謝いたしまする」
王国西側の一部、エトエンクムを治めている王室派貴族だ。
「顔をお上げください、ハグワンド男爵。妹さんはお元気ですか?」
「ハッ。王都におかれましては我が、妹ディジーがお世話になりました」
ハグワンド男爵も、どちらかといえば領地に引きこもり、あくせく経営を頑張っているタイプの貴族だ。
だけど彼の場合は、定期的に自分の名代として妹を王都に送り、王城へと参内させては、挨拶回りや必要な報告を届けさせるなどしている。
「この度、ご訪問させていただきましたのは、先の手紙の内容を直に確かめたく思った次第でございますれば、私めにお時間をいただけないでしょうか?」
僕は思わずほくそ笑みそうになるのを、心の中に押し込めた。
「ええ、もちろんです。……室内は無論、室外も今一度チェックを」
僕は傍に控えていたヘカチェリーナにそう端的に伝える。
彼女も何も言わずに一礼をし、すぐに室外へと移動。1分ほど後には部屋の外を兵士さん達の鎧の音が聞こえてきて、警備が厳重に整え直されたのを確認してから、僕は改めて口を開いた。
「ハグワンド男爵の所領、エトエンクムはマックリンガル子爵の領地より東に2つ挟んでいましたね」
「はい。ですので以前よりウワサレベルではございましたが、有象無象なる妙な話がかの地より流れてはおりました。しかし……」
「ウワサの真偽は分からなかった」
「はい、その通りでございます」
仮に、マックリンガル子爵やその所領について不穏なウワサを聞いたとして、その真偽を確かめようと調査に人を送り込んだ場合、その調査員が目にするのは領民に善政を敷いている領内の様子だ。
なので悪い類のウワサはやはりデマであり、ライバル貴族辺りが貶めようとして流した
しかも調査対象がただのウワサの真相確認では、調査員も深堀して調べ尽くそうとはしない。
「……逆に言えば、それすら見越した善政っぷりだった、とも言えるでしょうね。彼の手腕は本物なのでしょうが、それを本当に良い方向に使わない事が嘆かわしい限りです」
「それなのですが、本当にマックリンガル子爵はもう……?」
「はい、手紙に記した通り、本物の子爵は亡くなっています。それも10年ほども前に、です」
するとハグワンド男爵の表情がこわばる。まさかといった雰囲気だけど、同時にありえなくもないとどこか納得いく部分もあるような、そんな顔だ。
「男爵は、生前のマックリンガル子爵と交流は?」
「ええ、まぁ近所……というほど近所でもありませんが、比較的近いことには違いないですし、爵位の上でもあちらが上でしたので、ご挨拶に伺うことはもちろんございました。しかしそれも15年以上前までのことでして、確かに近年はまるで姿も……いえ、存在そのものを忘れていたかのような、それこそ何をトチ狂ったのかあの軍を起こしての大街道占拠という暴挙に出るまで、彼の存在を失念しておりました」
比較的近いところにいる他領の領主にさえ、その存在感を消していた―――それを聞く限り、やはりヴェオスは自分の存在感を消す何かしらの手段を講じていた、あるいは持っている。
「(それが何かのスキルを駆使してた可能性が高いよね、やっぱり……)」
ちょっと普通の気配の消し方だと、そこまで完璧に消しきれるはずない。要警戒な要因が一つ増えて、少し憂鬱を感じるけど、今はそれは一度置いておこう。
「現在、メイレー侯爵が手勢でもって偽のマックリンガル子爵の起こした軍を牽制していることは、もちろん知っていらっしゃいますよね」
「はい、メイレー侯爵は武門の出で、筋の通らないことには沸点の低い方ですからね。あんな真似をすれば彼が黙っていないことは近隣の者は皆、予想していたかと」
「はい、ですが今、メイレー侯爵がマックリンガル子爵の軍に攻撃をしてもらっては困るのです。子爵側の軍はあくまで子爵が善と思い込んでいる、徴兵等によってかき集められた者が大半ですから」
僕の言葉でハグワンド男爵は、今回の件を収める難しさを察してくれた。
「……かの地の領民は、何も知らぬままに動員の笛を鳴らされているに過ぎず、と」
「はい。仮に現状、力で真正面から対抗した場合、多数の犠牲者が出ます。偽のマックリンガル子爵を信じている領民達は、自分らに誤まりがあるとは思っていないでしょうから」
「最悪、子爵の領内の民が総出で反抗する事になりかねない、というわけですな?」
僕は頷くことで肯定の意を返した。
「なのでまず、笛を吹く偽物のマックリンガル子爵ではなく、その下にいる者達の意識を変えなくてはいけません」
一発で目を覚まさせることができれば楽なんだけど、現実はなかなかそうはいかない。
仮に、本物のマックリンガル子爵令嬢たるシェスクルーナが、領民達の前に出て真実を訴えかけたとして、それを簡単に信じるほど、人間の猜疑心は浅くない。
「……手紙には記しませんでしたが、こちらには確実な切り札があります。むしろそのおかげで、僕達もマックリンガル子爵の実態を知ることが出来ました。ですが情報に疎く、惑わされやすい一般の民はそれを突きつけられたとしても、子爵を信じ、こちらを疑うことでしょう」
「ゆえに手順を踏む必要があるということですね。“ 神を信じる人は、目の前に神が降臨なされたとしても、それを神とは認めない ” とはよく言ったものです」
それからもハグワンド男爵とは色々と話を交わす。
その中で僕は、王国西側の貴族のうちの王室派貴族の諸侯に声がけしてもらい、このメイトリムに参じてもらうよう、手配をお願いした。
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