第246話 役者が舞台準備を整えます
「なんと、そのようなことがっ」
「道理で……今までの不自然な所に納得が行きました」
「まさか別人がマックリンガル子爵を騙っていたなどとは、思いもよりませなんだ」
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ハグワンド男爵の訪問以来、メイトリムには1週間おきに王国西側に領地を持つ王室派貴族らが訪れていた。
僕は彼らに慎重に、言葉や語るべき情報を選んで話ていった。
「お疲れ様なのです、殿下」
今日も訪問してきた貴族の男性との話を終え、少し疲れた気分を覚えてると。お茶を嗜んでいたエイミーを見つけた。
「エイミーもお疲れ様でした。御夫人とのお話は上手くできましたか?」
「はいなのです。今日いらっしゃった方は、とてもゆったりとなされた方でした」
貴族の中には、妻なんかを伴って訪ねてくる人もいた。
そこには僕こと、王弟殿下を訪ねる以上はそれなりに体裁を整えなければ―――みたいな意志を感じる。
「まぁ、あちらから訪ねてきて、こちらの話を聞いて貰えるのは色々と助かりますからね。アイリーンは出ていますし、クララはキュートロース夫人と歓談していただいてますし……」
ちなみにセレナは訪問貴族に何かあってはいけないので、兵士さん達の指揮をしつつ、行き帰りの道中をある程度、護衛や出迎えなどをしてもらってる。
シェスカはまだ彼らの前に出るのは時期尚早……彼女が僕のところにいる事は、まだ明かすのは危険だ。
「(一番最悪なのは、シェスクルーナを僕が握っていることで、ヴェオスが彼女の妹、リジュムアータを人質にしてアプローチしてくることだ)」
おそらくヴェオスは、例の組織 “ ケルウェージ ” に預けた時点でシェスクルーナの死を確信し、処分済みの気でいるはず。
なので彼女の存在は、まずはなるべく隠し通す。
その上で水面下で、本物のマックリンガル子爵および、その令嬢である彼女を知る王室派貴族に合わせていく。
「(そうすれば仮にシェスクルーナを巡って、ヴェオスが “ 彼女は偽物だ、でっちあげだ ” なんて方向の対応をしようとしても、多数の彼女を知る貴族が認めていれば、ヴェオスの主張は通らない。だけど……)」
やはりリジュムアータだ。
シェスクルーナの存在を公にする、あるいはマックリンガル子爵の真実と正体が公になる前に、妹のリジュムアータを救い出しておきたい。
「(彼女が囚われたままで事を進めるのは、かなりリスクが高いから、何とか……)」
幸い、シャーロットの秘密諜報組織 "
今、ヴェオスがウェルトローエルに差し向けていると思われる魔物達は、どうやら彼の手札の中でもかなり懐深いところのモノのようで現状、彼の手元に残っている手勢は、何も知らない人間の雇われ者が大半らしい。
「(それでもまだ、チラホラと魔物の存在が散見されるって報告書には書いてあったから、救出には戦力が必要……かぁ)」
一応、考えてることはある。アイリーンのスキル<アインヘリアル>だ。
あれからもかなり練習して、遠目にはアイリーンがもう一人いるように見えるレベルまで精度が上がってきた。
(※「第173話 夫婦の閨は秘密練習場です」参照)
これを利用すれば僕達や救援部隊を直接乗り込ませる必要はなくなる。
ただ、その場合でも<アインヘリアル>の活動距離には限界があるから、最低でもマックリンガル子爵領の中まで、アイリーン本人が移動する必要がある。
助け出した後の脱出なんかも考えると、この策もなかなかに難しい。
「(うーん、せめて向こうからこっちに近づいてきてくれれば……ってそれは無理か。簡単に動かないからこそヴェオスは近隣の貴族諸侯にさえ尻尾を見せずにいたわけだし)」
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――――――マックリンガル子爵領内、とある屋敷。
「出る、だと? この私がか」
「誰もそうだとは言ってないよ。ボクは、兵法に
リジュムアータは、進言ではなくヴェオスの語った現状を客観的に見て、定説ならばこうするのが常道、という例を述べた。
やることはそれだけ。釣り餌は小さくていい……この魚はもう何でも食らいつく。
「……、フッ、確かに理にかなった話だ。この私が直々に出向けば、現場の士気も上がろうもの。何なら目障りなメイレーをやり込めるやもしれん」
「(それは無理……メイレー侯爵は、弁舌だけで戦力を下げさせる相手としては好戦的すぎる。
そして、ここからがリジュムアータの狙い通りだった。
「だが、分かっているぞ? この私を遠ざけ、逃げ出すチャンスを作ろうという腹つもりなんだろう? ククク、その手には乗らん」
「その手も何も、聞いてきたのそっち。ボクが語ったのは、それに対する一般的な戦術や兵法での解答……ってだけなんだけどね。そんな事も分からない?」
「……フン、まぁいい。ならお前も連れて行けばいいだけだ。クックック、嬉しかろう、久方ぶりに外に出られるのは? クハハハッ」
ヴェオスの高笑いに、あくまで不機嫌そうな表情と態度を貫くリジュムアータ。
だが、心の中ではこれでもかとほくそ笑んでいた。
「(さぁて王子様……ボクは移動してあげられそうだけど、そこまでが限界。貴方様はどう手を打ってくださるか……あとは静かに待たせていただきますよ)」
やれることはやった。もう自力で動き回ることもかなわない。
呼吸をしているだけの荷物も同然の自分にできる小賢しいことは、すべて終えた。
やりきったという気持ちが強い。あとはどうなろうとも、もはや自分には何もできない。
死ぬことになるのか、生きて助け出されることになるのか……あとは全てを周囲に委ねるのみ。
リジュムアータは、予測した限りでは先に逝ってしまっているであろう姉を想って涙を流したかったが、1滴分の水分すら枯れたのか、乾いた目元が潤うことはなかった。
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