第243話 ウァイランの母娘です




――――――数日前、ルクートヴァーリング地方南部、大農村ハーミィ。



「それはちょうど良かったです。5日前に麦類の一部を収穫したのですが、豊作すぎて今ある倉庫では足りず、どう保管したものか困っていたんですよ」

 ヘカチェリーナが母、エルネール=オリヴ=ウァイランと共にこの農村を訪れると、責任者の鳥獣人の男性が大喜びで応対してくれた。


 想定していたよりも収穫量が大幅に越えていて、用意していた保管倉庫からあふれ出すレベル。

 その余剰分を持って行ってくれるとなれば、頭を悩ませていた問題が一気に解消する。喜ぶのも当然だ。




「ホント、タイミング良かったし。他の収穫物の状況はどんな感じ~?」

「はい、野菜類と綿生地に余剰があります。次の収穫も間もなくに控えていますから、こちらもどうぞ持って行ってください」

 ヘカチェリーナは上々と笑顔で頷きつつも、内心では母エルネールに脱帽していた。




 運―――というものは、ハッキリいって偶然の話でしかなく、運の良し悪しなんて言う以前に運という概念自体、存在するものではない。


 結果として幸不幸な出来事に、運がいいとか悪いとか言って、事象への納得や慰めの言い訳理由たる概念として用いているに過ぎない。


 ヘカチェリーナは物心ついた頃からそう思っていた。いや、そう思いたかったと言ってもいい。




 ところがである。運のいい人間というものを10余年の人生の中、これでもかと身近にて見せつけられてきては、幸運の持ち主というものを認めざるを得なくなる。


 そう……他でもない、実の母親であるエルネールその人だ。



「(ホント、ママってば幸運……ううん、豪運の星の下に生まれてるよね~)」

 母、エルネールの人生はまさに運によって支えられているといっても良いだろう。そのことを母自身も理解しているのか、おごるという事が一切なく、どこまでも嫋やかな性格と慎ましい態度。


 それでいて時々、ちょっと子供っぽい。今日もわざわざ、貴族夫人にはまるで似合わない農作業な恰好をしてきて、タンクリオン達少年少女らと畑で収穫体験をしている。



 ちなみにタンクリオン達は、エルネールのことを “ おっぱいの神さま ” などと呼んでいるが、その態度は今まで接してきた人の中でもっとも敬虔だった。

 ヘカチェリーナにするような悪戯は一切なし。超絶素直で従順な、徹底的に教育された精鋭兵のように従ってる。


 エルネールもそんなタンクリオン達に合わせた目線で付き合っているあたり、やはり母性豊かな、才能めいたものがあるのだろう。

 さながら、保育所や幼稚園の好かれ従われる神先生と園児の如しであった。



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「ふーぅ、新鮮な体験でした~……お野菜を自分の手で収穫するのがこんなに楽しい事だったなんて」

 とてもいい笑顔で汗を拭うエルネール。実践を経たおかげか、似合わなかった農作業姿が少しハマってきたようにさえ見える。


「でもさ、良かったのママ? パパは今も仕事中でしょ、そっちほったらかしてアタシの方に付き合ってもらってさ?」

「心配はいりませんよ、ヘカチェリーナちゃん。パパも最近はお仕事に慣れてきまして、きちんとペース配分も出来るようになっていますから。……それに、私が付きっ切りなのをあの人は良しとは思っていないんですよ。頑張り屋さんなんです、昔から……」

 昼食後、昼寝に入ったタンクリオン達少年少女の頭を優しく撫でながら、エルネールは遠いところを見るように、青空の彼方に視線を向けた。


「(確かにパパってば、ママにサポートされなくてもやっていけるように、って頑張るタイプだわ)」

 ちょっと気弱な父、コロック=マグ=ウァイラン。

 その性格とは裏腹に使命感は強く、特にウァイラン家の当主として妻のサポートなしでも頑張れる自分にならなければと、かなり努力している。


 しかも王弟殿下の名代領主に就任したのだ。その名誉もあって、恥じない自分にならなければと気負い、奮起している丸っこい父の姿が容易にヘカチェリーナの目に浮かぶ。


「……それに一度、ヘカチェリーナちゃんにかけ直して・・・・・おいた方が良いかも、と思っていたんですよ」

「! ……ん、そっか」

 母の言わんとしている事、そして “ 心配 ” している事がよく理解できる。


 普段はのほほんとした、純真で雄大な真正のほんわか嫋やかなぽやぽや~んな女性。

 だけどそんな母が唯一、彼女にできる精一杯の真剣な面持ちと態度を取る時がある。それは “ ヘカチェリーナの持つ秘密 ” に触れる時だけ。



「殿下には、もうお話してあるの?」

「ううん、まだ。ママやパパの話も関わってくるしさ、慎重にならないとどう転んじゃうかわかんないし。でもいつかは言わないとって思ってはいるよ」

「そう……。焦らなくていいわ、ヘカチェリーナちゃんのペースでいいの。もし話して、その後にどんな事になったとしても、ママは恨んだりしませんよ」

 大きな大きな、とても大きな胸がヘカチェリーナの上半身を抱く。




 優しく、雄大で、どこまでも沈んでいきそうな包容力が、娘の中にある小さな不安や恐怖を宥めてゆく。


 自分のバストも最近、母に負けじとばかりに随分と成長してきた。けれど、なおこの母性には敵う気がしない。

 ヘカチェリーナは一つ苦笑混じりに息を吐くと、素直に母の抱擁に甘えた。



「……ん、ありがとう、ママ」




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