第231話 従順な下僕が仕立て終わりました
ボルボックス氏の話では、母上様はどうやら人質を取ったらしい。
「……皇太后様は、我が妻2人に娘3人、2人の息子の命を助けたければ、と……」
つまり、今回の従軍で彼が真面目に仕事を務めあげれば、家族の無事は保障するという感じだ。
典型的な人質をとっての取引だけど、ボルボックス氏は圧倒的に不利な立場。
何せ、本来なら分不相応な仕事を真面目に務めたとしても、保障されるのは命だけであって、母上様は家族を返すとは言ってない。
しかも命じられた仕事は、シャーロットの件で大いに恨みを買っているであろう僕に従軍すること。
もし僕が、憤りにまかせて彼を許さなかったらその瞬間、彼の家族の無事は保障されなくなる。
なのでボルボックス氏は、僕に怯えながらひたすらに慣れない仕事を真面目にこなしていくしかないんだ。
「(地味だけど、当人にしたらすごくキツい仕打ちだ。特に、精神面への負担がものすごい事になる……容赦ないなぁ)」
現状、ボルボックス氏の未来はほぼ母上様の奴隷も同然。しかも彼の足枷となる家族を抑えているのも母上様だし、王都で迂闊にも動いてしまった彼を抑えたのも母上様。
「(可哀想だとは思うけど自業自得だし、僕に出来ることはないなぁ……でも)」
これは上手くもっていければチャンスになると、僕は思った。さりげなくクララを伺うと、やはり彼女も同じように思っていたみたいで、目を閉じながらも軽くニヤリとした笑みをその口元に浮かべてる。
「ボルボックスさん。厳しいことを言うようですが、貴方の立場や置かれている状況に同情の余地はありません。王家に対し、弓引く活動や行動を行った結果であり、むしろ命を取られなかっただけ
国のトップであり、国家の根幹をなす王家。
厳しい国じゃあ、これの悪口を言っただけで侮辱罪とかで処刑されるほど、その権威や存在の意味は大きい。
なのに、それに対して反抗的な態度や言動のみならず、実際に反国家的な動きを取ってしまった時点で、もれなく一族郎党死罪になっても文句は言えない。
ボルボックス以外にも多くの迂闊にも動いた反王室派貴族が抑えられたはずだ。だけどその全員が、彼と同じように “ 寛大な沙汰 ” を受ける……わけがない。
「……はい、わかっております……」
他の抑えられた貴族諸侯やその家族、一族親戚の多くは、例外にもれず処刑されることだろう。
人質を取られ、未来永劫奴隷のように働かされる事になろうとも、それはまだ、大変に幸運でマシなこと。ボルボックス氏もその事は理解している。
「(一族もろとも処刑されるか、家族ともに助かっても生き地獄を歩まされるか……どっちにしたって、苦しみからは逃れられない。なら―――)―――もし、あなたが僕のところで真面目に働き務めあげましたら、僕からも母上様に一言申し入れるとお約束しましょう。” 少しは加減してあげてください ” と」
するとボルボックス氏の表情が驚き一面に、そしてクシャクシャの、子供の泣き出しそうな顔へと推移していく。
だけどそこは元侯爵の意地があるらしく、涙が流れだす前に、頭を伏せて泣き顔を隠すの込みの礼をした。
「あり……あり、がとう……ご、ざいます……ふぐ…、で、んか……っ」
ボルボックスは、言ってしまえば罪人だ。それも母上様がその裁定を既に決め、こうして僕のところへ働きによこされた時点で、定められた刑罰は始まってる。
僕が今更、そこに手心を加えてくれと言っても覆らない。だけど一言申し入れることで、最低でも人質に取られてる彼の家族の待遇は少しはマシになるだろう。
しかも僕がそうボルボックス氏に約束するということは、少なくともシャーロットの件で僕が怒って、彼を殺してしまおうとかそういった事はしないとも言ったのと同じ。
これで母上様がよっぽど意地の悪い性格でなければ、あとはボルボックス氏自身が真面目に働き続けさえすれば、人質に取られている家族の命は保障され続ける。
今の彼にとっては、何より嬉しい事だろう。母上様に睨まれた以上、もう絶対にかつての権力は戻らない。
彼に残されたのは家族の存在のみ。それすらも奪われたなら、きっとボルボックス氏は自分で命を絶つかもしれない。
「(……。……まさか?)」
僕は少し、ゾッとした。
これが……こうなる事が、母上様の狙いだったんじゃないだろうか、と。
「(ボルボックスさんは言うても元侯爵……しかも反王室派だ。当然向こうの派閥の事情や実情なんかをよく知ってる人物。だけどそんな人物を部下に引き込めたら? しかも真面目に働き、こちらに恩まで感じるような形になれば、いくら元反王室派って言ったって、対抗心や反抗心は消えるはず。それでいて家族を人質に握り続ければ、万が一の保険としても機能して……)」
さらに言えば人質を握り、彼に労役を強制する役目を母上様が担った。ボルボックス氏の処遇には、僕は直接関係しないことになる。
だけどかつてのシャーロットの件で僕は彼に恨みがある。……けど、それを僕が許せば?
「(ボルボックスさんの悪い感情はすべて母上様が引き受ける形になって、彼は僕の下で働くのに何の悪意もなく務められるようになる。しかも家族のためにと、真面目に……だ)」
冷や汗が流れた。
母上様が本当にそこまで考え、計算づくだったのかは分からない。さすがにまさかそんな、っていう気持ちが強い。
けど、ありえなくもないとも思ってしまう。
―――僕が知らないうちに、僕のために真面目に働いてくれる部下を作り与えた。
その方法と過程には何かと眉をひそめ、問題も多いけど……母上様の凄さに、僕は人知れず戦慄した。
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