第232話 父上様と母上様のゲームです



――――――王都、前王の離宮。



「……ふむ、それで?」

「エルケン四爵、およびナッヴァ男爵、ラクァ一爵は御子息現王側が抑えたとの事にございます」

 部下からの報告を聞く前王は、年齢相応にしわがれた肌を鏡で見ながら軽くため息を吐いた。それは報告の内容が残念だからか、己が老いた事を嘆いてか……あるいは両方によるものか。




「ではコーワル男爵、マゴランタ侯爵、ユーコウ男爵は」

「はい、皇太后様の手の者がすでに……」

 我が妻ながら、相も変わらず怖ろしい手腕だと言わざるを得ない。

 優秀で頼もしい息子たちが、反王室の過激派貴族諸侯を潰しゆくレースで遅れを取っているという現実。

 決して子供達が無能なのではない……相手が規格外過ぎるのだ。


「(いや、腕というよりも目というべきよな……アレは他とは見えているものが違いすぎる)」

 不意に思い出す。


 まだ10代前半の青臭いガキだった頃、初めて出会った彼女は、天女の笑みを浮かべる淑女だった。


「(あの頃は姉のように思ったものだが、今となってはワシの方が老いさらばえてしまったな……)」

 いや、妻がおかしいのだ。


 出会った頃から何かと普通の令嬢とは一味も二味も違うとは思っていた。だがまさか、子を成すたびに若く美しくなっていく・・・・・・・・・・などとは思いもしなかった。

 婚約したばかりの頃は " 姉と弟 " などと影で揶揄する者もいたが、今となっては並び立つと " 父娘 " おやこと言った方がしっくりする。


「(何らかのスキル、なのだろうなぁ。ついぞ聞けはせなんだが……)」

 正直にいって彼は、これまでの人生も常に、自分の妻である女性に一抹の恐怖心を抱き続けてきた。


 頼もしさという感情でフタをしてきたが、その政治手腕や人脈、自らを世間知らずのお嬢様あがりと侮らせる演技力。そして最愛の息子に嫌われる事にもなりかねない手を平然と打てる胆力。加えてのあの美貌である。


 10代の若さを持ちながら、同時に老獪なる世代が持ち得る実力を有している。そんな傑物が果たして他にいるだろうか?




「……ふぅ、敵わんものじゃな、まったく」

 本来なら自分がそれほどの傑物であったならと思わずにいられない。

 一国の王として優秀な人物である事は理想。だが、その理想像をまさか自分の妻に見ることになろうとは。


「(じゃが、ワシもこの国の王を務めた者ぞ。一矢くらいはむくいて、ギャフンと言わせて見せねばな―――)―――マデレーナの首尾はどうじゃ?」

「は。現在の進捗は6割ほど、と……また周辺に皇太后様の手の者は見当たらないとの事です」

「ならばポーマスディ子爵はこちらで抑えてやれそうじゃな。上々……、……いや、上々」

 あるいは夫に華をもたせるため、あえて大物を残してる可能性。あのお嫁様ならば十分にありうる。

 先代王と今代の王、そして宰相が協力しても互角ではない上に、相手はなお余裕というのだから呆れ果てるしかない。


「……まったく、とんでもない女を娶ったものよ」

「は?」

「いや何でもない、ワシの独り言じゃ。それよりも、お前達は次は息子らの助力に走ってもらうゆえ、もうしばし駆けずり回ってもらう事となるが、良しなに頼むぞ」

「ははっ、何なりと!」









――――――王都、皇太后の私邸。



「……といったところでしょうね~、あの人の次の一手は」

 本日二度目の入浴。

 しかし今度は一人ではなく、傍にティティスとメイド二人を控えさせている。




「では、この王都混乱の鎮静化に決定打をきめにくると」

 チャプ……

 皇太后は、ティティスの言を肯定すると言わんばかりに湯の中から片足をあげた。


「ええ~。いつまでも諸侯に好き勝手させっぱなしというわけにもいきません~。いくらモグラ叩きのためにしばし泳がせたとはいえ、これ以上の長期化は王家のメンツにも関わりますからね~。……フフフ♪」


「楽し気ですね、皇太后様」


「それはもう~♪ あの人は私と " ゲーム " をしているつもりなのですよ~、昔から……そう、何かというと張り合っては私に勝たんと背伸びしてくる。そのたびに成長していくんです、可愛らしいことだとは思いませんか~?」

 さすがに前王を可愛らしいかと言われて同意するわけにもいかない。ティティス以外のメイド達は困ったような笑みを浮かべ、どう返答したものか戸惑っていた。


貴女あなた様は違うと」

「クス……、子供と・・・本気でゲームをする大人はいません。そんなの子供が可哀想ですし、ズルいことですから~。本当の勝負ゲームというのは、対戦相手が同等にして対等でなければ成り立たないものなのですよ~、フフッ」


 ザバ~ァ……


 立ち上がった肢体が付着したけがれの一切を洗い流し、美しく輝く。同性であるはずのメイド達でさえも思わず顔を赤らめ、憧憬の眼差しで見てしまう皇太后の艶やかな肉体。




 しかしティティスだけは安堵するように小さく息を吐いた。


「ご安心ください、豚の痕跡・・・・は残っていないようです」

「フフッ、一番の痕跡はココに残っていますけれども……ね」

 皇太后はそう言って、面倒だと言わんばかりに疲労感を滲ませながら自分の下腹部を撫でまわした。


「あの豚はあと何度・・・・でしょうか?」

 ティティスの質問に、メイド二人は意味が分からないと首をかしげる。


「ん~、5度といったところでしょうかねぇ。最短でもあと150年・・・・ほど……本当に面倒この上ない事ですが私の望みのためには致し方のないこと……これも必要なリスクです~」

 ゆっくりと大きく深呼吸する。豊かな胸がたわみ、先端から垂れそうになっている湯の雫を弾き飛ばした。


 望まないことであったとしても大望のためには割り切って受け入れる。


 皇太后という稀代の傑物をもってしても何のリスクも代償もなく、すべてを自分の思い通りに出来るものではない。

 彼女は彼女で避けては通る事の出来ない、苦悩を伴う “ 務め ” を行い続けていた。




「……それよりもティティスさん?」

 背中を見せて立っていた彼女が湯舟の中でくるりと向き直り、控える3人を見据える。

 湯気でその姿はぼやけてはいるが、それでも全身で感じる超上位者の言い知れぬ迫力に、メイド二人は思わず萎縮して頭を垂れてしまった。

 そのプレッシャーに耐えられるのは、長年にわたって仕え続けているティティスだけだ。


「はい、あの豚は間違いなく始末するよう手配しております。ご安心ください」

 ワイジン=ハド=オークロヴス第三爵。

 皇太后との “ 面会 ” を終えた男は今日、誰に知られる事なく命の終わりを迎える。




 そして―――


「! ……っ、ん……ぁ」

 同性ですら思わずドキドキしてしまうような艶やかな声が皇太后より漏れた。全身を這い上がるゾクゾクとした感覚―――それを抑えようとするように己の身を抱きしめ、その身体を身もだえさせる。


 メイド二人が顔を赤らめて心拍をあげる中、ティティスは察する。手配していた豚の処分が今、終わったのだと。


「……ふぅ、始末は済んだようですね~。いつものことですがこの突然くる・・感じは、さすがに慣れないわぁ~」

 そう言って下腹部を先ほど以上に撫でまわす。その仕草は一気に幼い少女のような、何かに八つ当たりしようとする子供じみた雰囲気を纏っていた。


「おめでとうございます、と言うべきでしょうか? それともお悔やみ申し上げます、と言うべきでしょうか?」

「クス、意地悪ねぇ~ティティスさんも。……豚の後始末は念入りにするようにと言っておいてね~、今更言わずとも分かってるでしょうけれど~」

 湯舟から上がり、風呂場を出ようとする皇太后に、メイド二人が慌てて先行して着替えの準備に向かう。

 彼女らの役目をつつがなく行わせる気遣いも含め、皇太后自身は一度足を止めてティティスにさらなる言葉をかけた。


「あ、それとこれもいつも通りね~。今日から一週間は面会謝絶……もしどうしても “ 皇太后 ” が必要な時は、シャーロットちゃんに替え玉をお願いということで~。私はお部屋に篭りますから、あとの手配は全てティティスさんにお任せします~」


 1週間、全幅の信頼を持って全てを委任されたティティスは深く頭を垂れ、はっきりと述べた。




「〇〇〇様の、仰せのままに」




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