第220話 見失う者と踊らせる者です




 自分の軍の進行が止まったと聞けば、冷静沈着で状況を見通せない限り、大なり小なり動揺するのは当たり前。




『チッ、メイレーめ! 王室派の連中はやはり邪魔するか』

 あの男は伝令の報告を聞くなり、不快そうに声を荒げている。


 いくら下の部屋とはいえ、この上階の閉ざされた部屋にも聞こえてくるほど大きな声で話すなんて、迂闊にもほどがある。



「(軍はメイレー侯爵のところでストップか。想定通り・・・・だね)」

 この地から離れれば離れるほど、子爵の名は通用しなくなってゆく。

 しかも “ マックリンガル子爵 ” は20年も中央に参内さんだいしてない事実は、すでにあちら側・・・・でも広まりきってることだろう。


 なので王室派の貴族からしたら “ ずっと沈黙し続け、王の詰問団を皆殺しにする凶行を行い、あまつさえ軍を起こした辺境の引きこもり ” を相手に1歩も引く理由がない。

 むしろ王に反する行動を取ってる時点で、中央に代わって殴ってやろうって思ってるぐらいだろう


 そんな王室派の領地付近に到達すれば、当然強い抵抗と反発を受けるのは必至。攻撃されてたっておかしくないくらいだけど、そうなっていないのは歴史上においてかつて、人間同士が・・・・・武力でもって大規模な戦いをしたことがない・・・・・・・から。



「(軍勢が置かれてる状況が、形成された世の中の常識に首の皮一枚のところで助けられてるって事にさえ気づかないなんてね)」

 ちょっと考えれば分かる事が、なぜ分からないのか。


「(やっぱり……あの男はもう獣になり下がってしまったんだろうな……)」

 私にとって都合はいいけど、一抹のかなしさを覚えた。




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「というわけでだ、軍の足は止まった。忌々しい王の犬が立ちはだかってな」

「ふ~ん……それで?」

 こっちは書類の処理に忙しいとばかりに突き放す。

 私がこうなると分かっていて、それとなく誘導・扇動してると気付かせないよう、今の状況をまったく知らぬ存ぜぬフリだ。


「メイレーの軍をぶち破る方法を考えろ。お前ならばそれくらい、簡単に思いつくだろう?」

「……破ってどうするのさ。目の前に現れた5000の兵を倒して、何の意味があるんだか」

「なんだと?」

 分かりやすい。実に。


 最初からこれくらいあしらいやすい相手だったら、もっと楽できたのに。そうすればあのコとも――――――いや、今はこの愚か者を踊らせることに集中すべきだね。



「メイレー侯爵の手勢は、全部で1万8000はいる。5000を打ち破ったところで戦闘で消耗したこっちを、残り1万3000に殴られて全滅終了……分かりきってる結末だよ」

「ならばどうするというのだ? 足を止めたまま立ち往生してろとでも―――」

「そうだよ」

 男の顔が歪む。頭には立ちはだかった敵を倒すという思考しかないのか、これでもかってくらいに不快感をあらわにしている。本当に愚かだ。


「……そもそも軍を出したのは、少しでも長く広い範囲で街道を制圧下に置くためだったろう? 進めないなら無理に進む必要はないんだよ」

 この進軍の目的は、中央が混乱から息を吹き返した後、こちらに軍事力を向けてきた際に備えるため。

 なのでどこまでも突き進んでいく意味はない。進めるだけ進んだ先で防衛線を構築すれば、この進軍の目的は達成する―――表向きは。


「(真の狙いは王国西側諸侯の反感を買うこと。そうすればいくら大街道を制して、防衛の有利を敷いてみたところで、こっちには大義もなければ持ちこたえられる戦力もない。滅びは必至・・・・・……それには、早々と迂闊な動き・・・・・を取らせておきたい)」

 1万5000の軍勢は、数でいえばいっぱしのまとまった戦力。優秀な指揮官や参謀がいれば10万の大軍相手にも渡り合える最低限の兵数ではある。


 しかし中身はスカスカ。王都の最精鋭1000人と真正面でぶつかってもこっちが全滅するだろう。

 一方でメイレー侯爵が出していた兵数は5000とこちらより少ないが、メイレー侯爵の領地は、昔から手強い魔物がちょくちょく出るので、こちらのように雇われ者の私兵や素人の領民じゃなく、しかと練度を高めた5000のはず。


 これとやりあえば1万5000のマックリンガル軍は大ダメージを負う。しかも、そこで受けきれなかったら、メイレー侯爵は高確率でそのまま西進し、ここに攻め込む決断をするだろう。


 それはそれで望ましい展開だけど、今はまだダメだ。


 この愚かな男を確実にほうむるためには、全ての手札を明らかにした上で、全方位から逃げ場なく囲まないと。




「……ならば、大街道に砦を築かせるか? だがそれでは私の怒りがおさまらん……メイレーめに一泡吹かせねば!」

「ご自由に。こっちの仕業だって分からないやり方があるなら有効だろうしね」

 そう言って興味がないと態度で示してから、書類仕事に戻る私。それを鼻で笑う男の表情の変化はとても分かりやすい。



 ……何気ない一言。だけどそれが今回の私の誘導だ。


「(憤りから一転してのほくそ笑み。……手札を迂闊に動かすつもりになったかな)」





 そして、それから5日が経過したあとだった。


 メイレー侯爵の領内で、群れだった魔物が出現して暴れたという報告書類が私の手元に届いたのは。




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