第207話 王城の二人です




――――――王城。


 魔物の群れの討伐を終えた後、城内は王直々の命によって厳戒令が敷かれていた。



「どうですか、城内の様子は?」

「今の所は問題ない。魔物の襲撃を好機と見て愚行に走ろうとした貴族は、のきなみ現行犯で捕らえた。城内の見回りの手も増やしている」

 主犯と思われるコッズの捕縛と、彼が操っていた魔物達の討伐自体は半日少々で済んでいた。


 しかしこの広大な王城の弱点―――広すぎるので、入り込まれてどこかに隠れられたら分からない。魔物の1匹2匹、城内のどこかにまだ入り込んでる可能性が拭えない以上、城全体を隅々までチェックするのに時間がかかっていた。


 そして王城内にいた反王室派貴族の中でも、このどさくさに紛れて馬鹿をやらかそうとする者をギリギリまで行動させ、言い訳不可能な決定的瞬間で捕らえるという、危機を逆に利用する政敵への対応も進行していた。




「……今日でおよそ1週間でしょうか? そろそろ奥さんが恋しくなってきたのではありませんか?」

 意地悪そうに問うてくる兄に、宰相は軽くムッとする。次の瞬間には息を漏らすように微笑を浮かべた。


「兄上こそ疲れが出ているな、1週間ではなく10日目だ」

「おや、そうでしたか。いけませんね、もっとしっかりしなくては」

「頼むぞ、まだ状況は安定してはいないのだから。城内のカタがついたら次は王都の処理が待ち構えている……我らに呆けている暇はない」

 二人とも仮眠こそ取ってはいるものの、ほぼ1日20時間近くは起き詰めで働きっぱなし。

 さすがのイケメンたちも疲労の色が隠せない。


 幸い城兵達の数や護衛メイドの人数など、王城内の戦力になる人材はまとまった人数がいる。

 多量の魔物が押し寄せても持ちこたえてくれた、誇らしい者達。おかげで城内の始末は順調に進んでいた。




「問題は王都の方か」

「警備強化の手はずと騒ぎが起きた際の対処については、指示通りにこなせているようですね。とはいえ私達が王城より動けない今、後手に回ることも覚悟しておかなければならないでしょう……」

 反王室派貴族の動きはある程度予測できる。王と宰相が王城内にかかりきりのうちに、王室派貴族の暗殺と国民扇動だ。


 特に国民扇動は、現状の不安を煽ることで王室への失意を誘引する狙いがある。


「(王室を貶め、政治における優位に立つことで己の主張する政案欲望を通しやすくしようという浅はかな魂胆……まったくもって分かりやすいことだ)」

 とはいえ向こうも必死だ。一度行動を起こしたからには、絶対に成功させなければならない。

 何せ失敗すればその行動のツケを払わなければならない。家ごと取り潰しはもちろん、最悪一族郎党極刑もありえる。


 分かりやすいところの罪でいえば民衆に不安を煽る行為だ。国を回し、国家国民の安寧を維持しなければならない者が、そんな行動を取った―――罪に問うには十分な罪悪である。



「城内で不埒を働こうとした者達はどうします?」

「全てもれなく処罰するしかあるまい。証拠もおさえ、言い逃れは不可能。よくて財産の全没収と投獄……といったところか」

 何せ王城で魔物の襲撃に乗じて王に反する行動を取ったのだ。王に反意あるというだけでなく、何なら魔物を城に導き入れたと難癖つけても通るだろう。


 むしろここで罰しないなんて弱腰な裁定はありえない。




「ふう、また血が流れますね……」

「仕方あるまい。事実、罪を犯したのは貴族連中の方なのだからな」

 王と宰相、兄弟は揃って階段に腰をおろした。


「弟は無事でいるでしょうか……」

「それこそ心配は無用だろう。アレの嫁を倒せる魔物なりがそこらをウロついているのであれば、この国はとうの昔に終わっている」

「フフッ、それは違いないですね」

 それでも心配でないわけがない。が、現状もっとも安全なのは彼の周囲なのも間違いない。


 ゆえに宰相は、自分の夫人達を含めてロイヤルファミリーを弟の下へ避難させる事を促した母を容認した。


「(父上と母上も心配はいらんだろうが……王都の状況がどうなっているかは気になるところだな)」

 一応、兵を割いて逐一状況確認を行わせているが、それでも城内優先の今、入ってくる外の情報には量と質が伴わない。

 

 大まかに把握はしているというだけなので、不安は大きかった。




「……さて、仕事をするとしましょう。彼の方にも進展があったようですよ」

 廊下の先の暗がりに立って二人を見ている者がいた。他でもないヴァウザーだ。

 王と宰相が自分に気付いたのを理解すると、恭しく礼をする。


「あの者、何か吐いたか?」

「はイ。やハり例の組織 “ ケルウェージ ” の残党デしタ。魔物ヲ操る “ 声刻 ” を用いテ、組織でハその魔物ヲ平時、管理すル下っ端だっタようデス」

「ということは、魔物の襲撃はやはり突発的な計画ですか」

「そのヨうでス。クワイル男爵の領内にテ数多の拠点ヲ築いてイタ “ ケルウェージ ” ハ崩壊、そノどさクさに紛レ、他の組織ヘトねぐらを変エるにアたり、王城襲撃ヲ手土産にスる……ついデに火事場泥棒ヲ働く気デいタ、と」

 その話に、王と宰相は揃って呆れたと苦笑した。


「再就職の手土産のためにこの城を襲撃とは、大胆なことです」

「恐れ知らずもいいところだな。だが、おかげで我らの脆い部分が分かったとも言えよう……今回のことは今後の警備の参考にするとして、他に何か分かったことは?」




 するとヴァウザーは、少しだけ難しい表情になった。


「まズ、コッズと言ウ者にハ、ベンと言う仲間ガいタようデす。襲撃の計画ハ、そちラの者が立てタようデ、まダ捕まっテはおりマせン」

「ふむ、それも恐らく同じ組織の残党でしょうね。状況から見て、コッズとやらに魔物を任せて派手に暴れさせ、自分は火事場泥棒にいそしんだ後、逃亡した―――そんなところでしょう。おそらくはもう王都内にすらいないかもしれませんね」


「そちらはとりあえず置いておくとしよう。後で指名手配でも何でも手はつけられる。……それで?」

 ヴァウザーの更なる報告、本命はそちらだ。おそらくはあまりよろしくない類の情報なのだろうと、王と宰相は気を引き締める。




「組織 “ ケルウェージ ” が魔物ヲ確保しテいタ方法が、判明シましタ」

 重苦しい、今にも憤りで爆発しそうな表情のヴァウザー。


 王と宰相は、一度視線だけを動かして互いに見合うと、これから語られるであろうおぞましい情報を聞く覚悟を決め、ヴァウザーに視線を戻した。





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