第190話 緊張の投薬施術です




 保護した子供は、薄っすらと白髪の混じった黒髪で、伸びに伸びきったボサボサ状態。片方の目が前髪で隠れてしまい、もう片方もちょっとした拍子ですぐに覆われそうになるほどの毛量。


 身体が細くていかにも栄養不足。右腕が特に無惨だけど、全身のあちこちに大小さまざまな傷や汚れがある。中には拷問を受けたことを想像させる跡すらあった。


 色白で蒼白な顔で乱した呼吸を吐き続けてる。肌艶もないし、一目で衰弱してるのがわかる。生命に関わるレベルで、危ない状態だ。





「身体の覆いを取ってください。仰向けにして呼吸しやすいように」

「し、しかし殿下、その……」

「分かっています、女の子なのでしょう? ですが、そのような事を言ってる状況ではありません」

 そう、保護した子は女の子だ。覆いが取られた身体はとても華奢で、女性らしい凹凸は弱い。だけど間違いなく女性だった。


 紳士ジェントルマンであるべきと考えたなら、見てはならない憚るべきシーンなんだろうけど、命の瀬戸際に紳士む淑女もない。


 僕は真剣な顔で彼女の全身を見据えながら、すぐ近くにしゃがんだ。


「ヘカチェリーナ、箱を」

「はい、殿下。ここでいい?」

「ありがとうございます。それとこれを」

 僕は箱と交換するようにヘカチェリーナに棒きれを渡す。


 他の人達は何なのか分らないだろうけど、当の本人はそれを渡されたことで一瞬で理解する。

 可能ならスキルを使って治療に役立てる効果を棒に込めるように―――僕の求めることを理解したヘカチェリーナは、真剣な表情で棒っきれを受け取った。



「(さて、確か―――)」

 箱を開けながら、中身を確認しつつ、使用方法を記憶から引き出す。



 それは王都を発つ5日ほど前のこと。


 ―――

 ――――――

 ―――――――――


 離れの屋敷の応接間。テーブルの上に乗せた箱を、ヴァウザーさんが丁寧に開いて見せた。


『これが?』

『はイ、あル程度ハ実用に耐エると判断しマしタ。試作品ノ一部でス』

 5本の瓶。中にはいっている液体の色は全部違う。


『赤紫の薬液ハ、血止め効果ヲ意識しテよりソの効果を特化さセたモノでス』

 一番左のビンの液体だ。確かに以前見せてもらった時に比べて、完成度の高そうな色味になってる。

 (※「第158話 有名な回復の秘薬です」参照)


『効果は間違いなイと思いマすガ、緊急で出血ノ止まラなイ大怪我なドにお試シくだサい。小サな出血にハ効果が強すギまスのデ、副作用ノ出る恐レがありマす』

『なるほど、それは確かに注意がいりそうですね……』

 次にヴァウザーさんの手が左から2番目の瓶を示す。


『こちラの青色の薬液ハ、水で1000倍に希釈しタ後、少量ずツを布なドに沁み込マせ、患部まワりに塗布しテくダさイ。破傷風ヲ確実に防ギ、他さまザまナ病魔ノ併発ヲ抑制シまス』

『既存の " 破防薬 ” の上位薬ということでしょうか?』

『はイ、効能的にハ。ですガ、こちラは用法を間違わなけレば、“ 破防薬 ” のヨうな毒性ハなク、安全でス。なのデ水に1000倍に希釈シ、少量ずつ塗布すル事……こレを厳守すルよウ、重ネてお願イしマす』

 なるほど、少量で安全かつ効果も確実ってことは、濃度が高いと危ない副作用が出やすいモノと。

 僕はポケットペーパーを取り出し、素早く書き留めた。



『次ニ、こノ緑の薬液デすガ―――』


 ―――――――――

 ――――――

 ―――


 ヴァウザーさんの説明を思い出しながら、僕はまず一番左の瓶を手に取った。


「誰でも構いません。大量の水の準備を。それとは別でお湯も用意してください」

「は、はい! すぐに!!」

 メイドさんが5人、慌ただしくかけていく。


 それを見送りながら僕は横たわる少女の、右腕を失った傷口に、瓶から赤紫の液体を清潔な布に移して軽ーく塗布していった。


「……っ、っ……、…っ」

「大丈夫、お薬を塗っています。呼吸を整えて、ゆっくりと……そう、大丈夫。貴女は助かります、必ず」

 希釈しない分、量はあまりない。だけど説明の通りならこの薬液を使う部分は特に大きな怪我をしている部分だけだ。


「あ!? なんと、あれだけ血の止まらなかったのが嘘のように!?」

 兵士さんの1人が思わず驚きの声をあげた。

 無理もない。あれだけ無惨で大きな傷からの出血が、蛇口をしめていく水道みたいに出血量が減っていき、10数秒後にはポタポタと数秒で1滴程度にまで収まったのだから。

 効能は抜群だ。少女の様子を見る限り、何か副作用なんかも出てなさそうでちょっぴりホッとする。




「まだ安心はできません。水はまだですか?」

「はぁ、はぁ、っ、で、殿下~、お水をお持ちいたしました。こちらでよろしいでしょうか??」

 メイドさん3人がかりで運んできたのは子供を中に入れて洗うような風呂がわりになる大きな平桶だ。


 その中に30リットルはあろうかという水が入ってる。


「(瓶の容量からして中は30ccくらいだから―――)―――丁度いい量です、ありがとうございます。僕の横にゆっくりとおろしてください」

 置かれた水の入った桶に、僕は早速2本目の瓶の中身を投入する。

 青い薬液はあっというまに広がって、よーく見比べないと分からない程度ながら、かすかに水全体に色がついたような感じになった。


「この水に清潔な布をつけ、彼女の傷周りをそっと拭います。まず僕が大きな怪我まわりを拭って見せますので、同じようにしながら、全身の小さな傷周りの処置を……そうですね、あなた方にお願いしましょうか」

 僕は少女を挟んで反対側にいたメイドさん二人を指名し、真新しい布を渡した。


「は、はい……っ」「が、頑張りますっ」

 二人の言葉もそこそこに、僕はすぐに布を濡らして怪我のまわりの肌の表へと当てた。

 なるべくソフトに、液体が付着しすぎないよう意識しながら少しずつ。


「(何せ試作品だし。もっとつけた方がいいかなって不安になるけど、ヘンな副作用がでるほうが危険だ、淡く……なるべく淡く……)」




 幸い、ヴァウザーさんが手渡してくれた試作品5本はそれぞれの効能上、左から順番に使用するのが最適解になるよう、箱の中に並べられてる。


 おかげで使用順は迷わずに済んだ。あとは僕が、説明通りにそれぞれの用法を守って施しくだけ。



 それだけのことなのに人の命がかかってるって思うと、ずっしりと重い責任感がプレッシャーと共に僕の両肩に乗っかってくる気がした。




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