第179話 世直しで名を隠すのは意味があります




――――――クワイル男爵領内、ハダの町の借り屋。



「ほほう、これはすごいものだわい。いくらクワイル男爵が呆けた男であったとしても、気づかれる事なくここまで網の目を張り巡らしておるとはな」

 前王は愉快だとにこやかに笑う。目の前に広げられたクワイル男爵領内の地図には、あちこちに敵を示す駒とその間を繋ぐように棒が置かれていた。



「魔物の使役をするなんていう組織と聞いていましたから~、この程度は想定の範囲内でしたけれどぉ~……こうして見ますと、なかなか壮観ねぇ~」

 腕利きの側近たちに調査させた結果が集約された図面。


 主要な町はもちろん、小さな村にまで拠点が存在し、そして余すことなく連絡網が張り巡らされている。

 1箇所で何か異常があったとしてもすぐに探知でき、組織全体が致命傷を負わないよう分散型で拠点が置かれている模様に、皇太后もまるで観光で良い景観を眺めているかのように感心していた。



「1つ2つ切り崩したところで問題なし、か。むしろダメージらしいダメージもなく、すぐさま他がカバーできよるな。少々潰されたくらいでは活動遅延も起こらぬよう考えられておる――――――この組織構造を考えた者は中々の天才じゃのう」

「ですがアナタ~、この構造は面白い穴が用意されていますよ~。ほら、ここですわぁ~」

 皇太后が示したのはとある一か所。


 全体を一見すると、その網の目のような連絡網と拠点の数に目がくらんでしまい、見落としてしまいそうだが、よくよく1つ1つ注視していけば気付くよう仕向けられているその穴は、まるであらかじめ弱点として意図して用意されていたような印象だった。



「ほーう、これはこれは。……どう思う?」

「少なくとも~、この拠点の布陣を考えられた方は~、上には素直に従っていらっしゃらない―――いいえ~、むしろ外から壊される・・・・・・・ことを期待しているのでしょうねぇ~」

「やはり飼われ者・・・・・・・の反抗と見るか、ワシも同意見じゃ」

 聡しい者、目ざとい者を引っかける罠の可能性もゼロではない。


 だが、分かりやすくその1点を切り崩せば、全体に崩壊が波及するように仕組まれている。

 それは何も拠点の位置関係や連絡網の伸び方からだけ見て取れる話ではない。それぞれの拠点の、詳細な諸々の情報も踏まえた上でそうなっているのだ。


 前世代の王と王妃を担ってきた二人だからこそ、こうした隠された仕掛けにはすぐに気付ける。

 あるいはキレ者であれば一目見た瞬間にも把握していたかもしれない。




「念のため、要点・・を同時に崩す手配は必要じゃな」

「ええ~、手数が必要ね~。……紙と筆を用意して~」

 皇太后がそう言うと、1秒とあけずに一般人に扮したメイドが所望の品を用意し、机の上に整えた。


 前王と皇太后もそうだが、場にいる全員が普通の農民ないし商家や一般市井における金持ちの従者などにふんしている。

 だがその実態はこの上なくロイヤル。演技をやめれば、その所作も技術も途端に王家とその従者たる風格が、みすぼらしい装いを内から吹き飛ばす。


「~~♪ ~~♪ …はぁ~い、出来ましたよ~。こちらの手紙はシャーロットちゃん―――いいえ~、皇太后さまに・・・・・・お届けしてちょうだいねぇ~。そしてこちらは~、私の可愛い〇〇〇ちゃんにお願いね~。落としてはダメですよ~?」

「「ハハッ! しかとうけたまわりましてございます!」」

 皇太后が鼻歌混じりにスラスラと書いた手紙。それを受け取った二人は、いかにも農民ですと言わんばかりな恰好だ。

 しかし頭を垂れて恭しく手紙を受け取る仕草には、トップクラスの騎士か執事あたりであろうと思わせる精錬された上品さが宿っていた。


「よし、ではけい。道中、魔物もそうじゃが敵の手の者にも重々気をつけてな」

「「ハッ」」






――――――半日後。クワイル男爵領内、ヘイルの町の賓館。



「……。手紙の配達任務、ご苦労。両陛下にはよろしくお伝えくださいませ」

「ハッ、では失礼致します、准将閣下」

 手紙を持ってきた人に応対したのはセレナだ。たとえ父上様や母上様からでも念のため、僕との間に取次とりつぎを挟むのは当然。


 加えてそれなりの知識や経験、そして地位ある人が事前に内容を検めることも、王侯貴族の社会じゃ普通のこと。

 もし僕だけに直接読んでもらいたい場合は、そういう印を封書とかに使う。それがない場合は、受取先で取次の人間が中をあらためるんだ。



「母上様からですか?」

「はい、殿下。皇太后様よりご協力の・・・・要請のようです」

 僕に手紙を差し出すセレナが将軍の顔になってる―――つまり協力要請は荒事だ。


「……。……なるほど。ほんの2日で " 連中 " の拠点すべてを調べ上げるのはさすがですね……それも穴となる箇所まで。ですが、全てを片付けるには一点を潰すだけでは不安、と」

 問題は僕に協力を要請してきたことだ。

 手紙によると、父上様達は王都から自分たちが動かせる戦力を、密かに呼び寄せるつもりらしい。


 それで全体のかなめになる拠点と、弱点になる拠点を同時制圧するつもりでいると、手紙には書かれてた。


 にも関わらず、僕達にそのうちの1つを叩くのをお願いしてきてる。これは―――


「―――クワイル男爵を働かせろ、といったところでしょうかね」

 今のままじゃ、クワイル男爵は間抜けもいいとこだ。


 何せ長年にわたって自分の領内に築かれた犯罪組織の拠点に気付かず、しかもとっちめてくれたのは引退した前王とその手の者。それもお忍びでこっそり出張ってやってくれた上でとなったら、クワイル男爵は貴族社会では面子丸つぶれだ。


 かといって父上様達が直接、クワイル男爵に ” 連中 ” 潰しに加勢するように要請しても、この仕儀のメインはやっぱりお忍びの前王夫妻様になってしまう。


 自分の管理する領内で他人に尻拭いさせた―――しかも遥か上位の存在に、ってなっちゃうから、最悪だと領主資格なしで領地没収とかもあり得る。




「つまりー、あの男爵になるべく花もたせるよーな形にもってかなきゃいけないってワケね」

 ヘカチェリーナがざっくりと一言で結論をまとめた。


「面倒な宿題を出されてしまいましたが、何とかするしかなさそうですね」

 実際、クワイル男爵に花をもたせるかどうかは別として、僕達王室の人間からしたらあまりおおやけに " 悪者退治 " をして見せるのは好ましい展開じゃない。


 人々の声望は得られるかもしれないけど、王室にそういう実力があるって思われたら、闇に潜む他の敵にますます深い暗闇に沈まれて警戒されることになっちゃう。


 長期的にはそれはとてもよろしくない。取り締まるべき犯罪者が、それだけ長く捕まらず、世の中に悪事を働くことが多くなっちゃうからね。




「(クワイル男爵に僕達の行動の仮面マスクになってもらうのが最良なんだけど。さて、どーしたらそういう状況に持っていけるかな?)」




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