第174話 軍の拠点を家族で視察です
ザッザッザッ……
ザッザッザッ……
ザッザッザッ……
「も、ものものしいねぇ」
「随分と兵士の数が多いが……馬車には誰が乗ってるんだ??」
「馬鹿だね、王弟殿下だよ。ほら、前にご公務からの帰りに襲われたことがあったろう? だから警護の方々が多いんだろうさ」
王都の人々が皆、護衛の兵士さん達の行進に驚いてる。ちょっと迷惑かな、やっぱり。
「(だけど、こうでもしないとお城の外に出かけられなくなっちゃったから)」
より正確には、王城から遠く離れるところに移動しようとするほど、護衛がたくさんつけられるようになった。
王都の外に出かけるってなると、付けられる兵士さんの数は200人以上。ちょっとしたパレード状態だ。
「ほーら、すごいですねーレイア。この兵士さん達がぜーんぶ、私達を守ってくれる人達ですよー」
「ぁーうー、ふぁ~うう~」
アイリーンが馬車の窓にレイアを近づけて、5重の列を成して馬車と並行して進んでる護衛兵士さん達の様子を見せる。
物々しさに泣きだしたりしないか心配だったけど、レイアは怖がりもせず珍しそうに窓の外の兵士さん達を眺めていた。
『!』
すると、馬車の一番近くを行進していた兵士さんがその幼い視線に気づいたらしい。フルフェイスヘルムだから顔や視線は分からないけど、頭だけこっちを向けて軽く片手を振ってくれた。
「ぅ、う? ぅ~う~」
するとレイアも、ちっちゃなお手てを兵士の真似をするように振り返す仕草をする。なんとも微笑ましい光景だ。
あの兵士はきっと、姫様に手を振ってもらったと後で同僚に自慢するんだろうな。
・
・
・
「王弟殿下、アイリーン王弟妃様、レイア姫様に敬礼!」
今日の公務は、以前セレナが守将を務めてた首都防衛基地である砦の訪問。
(※「第07話 軍隊を視察です」参照)
セレナが王都防衛圏の担当将に任じられて王都内へ異動になったとき、ここのトップも別の人にかわった。
「(平時だと閑職が回されるみたいな感じだったけど、今はそれなりに重要度が増してるから、セレナの後任の人がちゃんとした人か僕も気になってたんだ)」
何せ国内で魔物の軍勢が出没する事例がでているんだ、王都を守るための軍事拠点の価値は当然上がる。
だからといって、名誉や出世欲だけの人間に入られたらイザって言う時が心配だ。
今日の訪問はその後任者の人柄を直接見るためだ。それに別の目的で、アイリーンとレイアを伴ってきたのもちゃんと理由がある。
「ようこそいらっしゃいました、殿下! 自分は当砦の責任者の、オッゴーラム大佐であります!」
「ご苦労さまです、大佐。楽にしてください」
「ハッ! ありがとうございます!」
セレナの後任―――オッゴーラム大佐はすごく軍人だ。もうこれでもかっていうくらいに身体の芯まで軍人してる感がすごい。
忠誠心や上下関係、礼儀なんかは大丈夫そう。
「ではご案内させていただきます! どうぞこちらへ!」
軍人としては優秀……それは何となくわかる。けどそれとリーダーの才能はまた別だ。
「(どう思いますか、アイリーン?)」
アイリーンを連れて来た理由その1。戦闘者の目で見てもらうため。
オッゴーラム大佐だけじゃなく、砦の兵士さん達もさりげなく見てもらって、練度や戦闘能力の程度をそれとなく計ってもらう。
そうすれば間接的に普段の訓練をさぼっていないかとか、イザと言う時のこの砦の戦力は現状ではどれほどのモノと考えるべきかなどなど、色々と分かってくる。
「(んー、大丈夫です。兵たちも及第点はいってましたし、この大佐さんも
戦いごとに関しては、アイリーンの目利きと直感、知識や経験はとても信頼できる。
そのアイリーンの言い様からすると、個人としてのオッゴーラム大佐の実力はセレナ並みにはあり、砦に配備されてる他の兵士さん達も特別強くはないけど、イザって時にちゃんと戦えるだけの強さは修めてる、という認識で良さそうだ。
「アイリーン、レイアを僕に」
「はい、旦那さま」
王弟として公式な挨拶を終えたのでアイリーンから
レイアは僕が抱っこする。そうすればアイリーンは両手自由になるので、僕の最側近としてその最強戦力を100%発揮できる。
もちろん兵士さん達のことは信頼してる。でもどこの誰が、いつ何をしでかすか分からない今、王弟である僕の傍に常にいられて、誰よりも強いアイリーンはやっぱり一番の重要な戦力。
「ぁう、う~、きゃっきゃ♪」
そしてレイアを連れて来た理由は、無垢な子供は場に存在しているだけで、色々な言い訳にできるからだ。
何せ誰かにお世話してもらわなくちゃいけないほどの幼子。レイアを理由にすれば、いつでも行動の変更が聞く。たとえば娘がぐずりだしたから今日はこれで帰りますーとかだ。
そしてもう一つ……
「ぁう、うっ、ぁ~」
「大佐、" 衛生室 ” に案内してもらえますか? レイアのおしめを取り替えたいのです」
「! ははっ、ただちに! こちらでございます!!」
衛生室―――僕が提案し、宰相の兄上様が後押しした軍の改善計画で、兵士さん達がなるべく衛生的に仕事が出来るようにという目的で各地の軍拠点に整備された。
剥き出しの石造りが多い軍拠点は、長く滞在するには何かと汚れやすくて掃除もしにくい。コケも生えれば、水はけも良くないので、雨が降れば場所によってはボウフラなんかも沸いちゃう。夏場は湿気と暑さと虫で地獄だろう。
そんな環境で仕事を続けていれば当然士気にも関わるし、最悪の場合だと病気が広がったりもしかねない。
そこで僕は “ 衛生室 ” の整備を発案した。拠点内に清潔な部屋を造成して、先日完成したばかりの止血ポーションを備蓄。
(※「第158話 有名な回復の秘薬です」参照)
他にも治療のための道具や薬類を揃えてるんだけど、それじゃあ医務室や医療室と変わらない。これらは万が一の時のためだ。
” 衛生室 ” の主な意義はズバリ―――
「だーぅ、ぁう~ぅ」
「はい、出来ましたよレイア。綺麗になりましたね」
赤ちゃんのお世話もできるくらいに
「ではこちらは処分しておきます」
「よろしくお願いします」
清掃用具の数々はもちろん常備し、火を焚いて常に熱湯も用意させる。1日に3回、必ず室内の掃除を行い、清潔な環境を維持。
そして不浄や汚れたものを処分する―――具体的には使用済みのおしめのようなものから怪我人の血で汚れた布、はたまた死者が着ていた衣服などの滅菌・焼却処理だ。
そして衛生室に配備された “ 衛生兵 ” は室内だけじゃなく、普段から拠点内の衛生面を見回り、必要に応じて処理を行う事も仕事として課せられてる。
今回レイアをつれてきた理由の2つ目が、この衛生室を実際に利用する形での視察であり、その理由にするためだ。こうして本当に赤ちゃんごとで使えるレベルで綺麗なら合格―――ちょっとした抜き打ちテストだ。
「(うん、ちゃんとした設備だ。室内は明るくまとめられてるし、ちゃんと綺麗にしてる……僕の発案通りに機能してるっぽい)」
今の軍部の偉いさん達には新しい案に反発的な人も少なくない。
それだけならまだいいんだけど、やっぱり中には兵士への待遇など最低限で十分、なんて言う個人の人権尊重度がゼロな人もいる。
だから今回の案が議題に上がった時も、そんな設備など兵士どもには過分だーって声があったらしくて不安だった。
けど、ちゃんと発案通りに現場に組み込まれたようで何よりだ。
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