第171話 ワンアクションの仕掛けです




 ヘカチェリーナの言う " ヤバそうなの " の基準は、これまでの社交場や公の場なんかでまったく見たことない人や、一見するとマナーなど出来てるように見えて慣れてない人などだ。


 いくら低位のパーティーでも僕みたいに高位の人間が参加することもある。


 なので使用人はもちろん、参加する貴族になっていない・・・・・・人間はいない。アイリーンのようなタイプは本来は例外。

 要するに “ ヤバそうなの ” は、潜入のためにそれっぽい所作や言葉遣いをしてる人ってことで……



「(そんなに入り込んでるとか。さて、どうしたものかな本当に)」

 さりげなく話しかけて名前を聞くことくらいはできる。けど向こうは潜入している以上は確実に偽名だろうし、王弟に話しかけられたということで警戒されても困る。


 カメラがあれば顔とかこっそり撮影しといて、あとで個人をチェックすることはできるだろうけど、この世界にそんなモノはない。


 なるべく多く “ ヤバそうなの ” な人達の情報を集めたいとこだけど、どうしようかな。



「―――ヘカチェリーナ、僕がグラスを落とします。後の世話をしながら “ ヤバそうなの ” の動向をさりげなく見ていてください……」

「……りょーかい……」

 飲み物のグラスを軽くくゆらせて2度、口をつける。タイミングを見計らって、狙い目の人物が比較的近い位置にいるのを確認してから、僕はグラスを滑らせた。


 ガシャンッ!


「!」「!?」「?」「!!」「??」

 当然、会場にいた全員が何事かとこっちに向く。


「あらあら、殿下。大丈夫ですか? お怪我はございませんか??」

 ヘカチェリーナが僕の身体を探るように見回し、怪我がないかを入念にチェックするかのような素振りをする。


「ええ、平気です。手を滑らせてしまいました……」

 さてポイントはここからだ。


「大丈夫でしたか、お怪我は!」

 狙い目の人物―――最寄りのテーブルでグラスを並べていた給仕ウェイターの男性が、慌てて僕達のところに駆け寄ってきた。彼も " ヤバそうなの " の一人だ。


「ええ、怪我はありません。それより……」

 僕はいかにも申し訳ないという風に、床に割れ落ちたグラスへ視線を落とした。


「いえ、すぐに片付けますので、ご安心を」

 なるほど、丁寧だけど1歩足りない―――王弟殿下様に接するには礼儀不足だ。物言いもそうだけど、怪我がないかどうかの気遣いが弱いし、何より自分が担当した仕事に関するアクシデントなのに、自責の念がわずかたりとも感じられない。


 つまりは潜入者の一人なのは確実だ。



「迅速な対応、ありがとうございます。ええと……」

「……ああ。私はウェイターのポレトといいます」

 噴きそうになるのを我慢する。いくら突発的なことが起こったからって、言葉遣いがかなり素に近づいちゃってるよ、ポレトさん。


「グラスを片付けていただき、ありがとうございます、ポレトさん」



  ・

  ・

  ・


「殿下、本当にお怪我はありませんでしたの?」

 クララが心配そうに問いかけてくれる。これで3度目だ。


「はい、この通り問題ありません。心配をおかけしました」

 ポレトがグラスを片付け終えるのを待ってから駆け寄ってきたことからも、クララは僕がグラスをわざと落としたことにちゃんと気付いてる。

 だけどそれと怪我の心配は別らしい。


 うーん可愛い女の子に心配してもらって僕は幸せ者だ。

 

「ヘカチェリーナが洗い出してくれましたが、思わぬ状況でしたので一つ仕掛けてみたんです。……そちらはいかがでしたか?」

 オリヴ嬢が取引していた自称商人の話だ。クララに上手く話を引き出してもらってたわけだけど、表情を見るにどうやら上手くいったっぽい。


「バッチリですわ、殿下。もっとも、彼女オリヴィはまだ騙されたと気付いていないようで、本気で出資した相手を信じていらっしゃるのが、なんとも不憫でしたわね」

 残念だけど、知らなかったとはいえ " 連中 " の片棒を担いでしまってるんだ、そこらへんは仕方ない。


「オリヴ嬢につきましてはまだそのままにしておきましょう。“ 相手 ” とまた接触するかもなので、可哀想ですがしばらく餌になっていただくと致しまして……」

 そろそろかなと思って会場の奥を見る。




 すると、グラスの片付けでなんやかんや理由付けてバックヤードに付いていったヘカチェリーナがちょうど戻って来た。


「お待たせー殿下、クララっちー。料理人と責任者から色々聞いてきたし」

 一応は王弟殿下がいる。なので何か問題があったら困るのは開催者だ。いくら王弟本人がグラスを落としたからって、それで済む話じゃない。


 グラスが滑りやすくなっていなかったか? 手を滑らせてしまうような影響を与える飲み物ではなかったか?


 全ては王弟殿下の安全のため。多少強引でも、何かあったら裏方チェック―――もちろん本当の目的は潜入してる " 連中 " の情報を間接的に得るためだ。



「何かいいお話は聞けましたか?」

「ふっふっふ、意外といろいろ引っ張り出せたし。今んとこはこれがギリギリ精一杯かなーってラインまで聞けたから、お城帰ってから楽しみにしててー」

「収穫はありましたのね。とりあえずはこれで一息でしょうか?」

「ええ。長居はあまりしたくはありませんが、いきなり帰るのも不自然ですし、もう少しばかり、パーティーを楽しむことにしましょう」


 それから僕達は、敵が混ざってる会場で何食わぬ顔で貴族交流を続けつつ、飲食舞踏を楽しんだ。



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