第169話 見えない敵です



 勇者ジェイン一行にお願いした調査の報告も含めてやはりというべきか、東の最前線の戦況は異常だった。

 (※「第148話 残念勇者、再びです」「第165話 モノ知る人材は近くにいます」参照)



「魔物の群れは確かにいる―――ですが、それはゴーフル中将が上げる報告ほど大規模じゃない、ということになりますね」

 僕はシャーロットの "眠ったままの騎士団スリーピングナイツ" が調べた情報をまとめたものをセレナに見せていた。

 (※「第168話 眠ったままの騎士団、です」参照)


「これは……事実だとしましたら大問題です。ただ、これだけでは弱いでしょう」

 セレナの言いたい事は分かる。これはあくまで調査で得られた情報だ。


 政治的に考えるなら、じゃあゴーフル中将が虚偽の報告を中央にあげる目的や理由は何なのか? そこまで突き止めなくちゃ、また大臣貴族たちの間で憶測だけの無意味な議論が飛び交うだけになる。



「勇者ジェイン一行には、その称号を利用してゴーフル中将率いる主力軍に混ざり、実際に戦闘に参加していただきました。なのでもう1枚別途、情報があります」

 シャーロットの 眠ったままの騎士団スリーピングナイツ のことは、セレナやアイリーン達にも秘密にしなくちゃいけない。

 なので表向きは、今回の情報の出どころはすべて勇者ジェイン一行の現地潜入調査の結果としてる。


 そして、一番の問題がその現地での戦闘中に確認された、ある事実だった。


「! ……まさか、このようなことが本当に?」

 僕が差し出したもう一枚の調査報告書を一目見た瞬間、セレナが信じられないと思わず報告書と僕を交互に見た。

 そこに書かれている内容、そして情報は間違いなく今後、トップシークレットになる。なぜなら―――


「―――魔物と接触し、密談をかわしている人間がいる。現時点では勇者ジェイン一行の目撃情報止まりなので、確定的なことは言えませんし、詳細も不明です」

「……。魔物側と接触している人間が、必ずしもゴーフル中将率いる主力軍の者とは断定できませんね。ですが状況から見ればそうと考えたくあること……まるで示し合わせて戦争の真似事をしていると思われかねないお話です」

 アイリーン達を同席させずにセレナと一対一で、人払いまでして相談したのは正解だった。


 あのセレナが僕と二人きりになってからも、一切デレることなく真剣な将軍の顔を崩してない。

 調査報告書は決して膨大な情報量じゃなく、ものの2、3分で理解できる程度だ。しかし記されている内容が示しているのは、あまりにも多くの想像を読み手にもたらしちゃう衝撃的な情報だ。




「まだ決定的なことは掴めてませんが、僕の考えではゴーフル中将は踊らされている可能性があると思っています」

「? 殿下、それはどういうことでしょう?」

 どうやらセレナは、東国境での戦いのすべての黒幕はゴーフル中将と考えているみたいだ。たぶん兄上様達や他の貴族たちも同じように考えると思う。


 僕だって最初はそう思ってた。けど―――


「ゴーフル中将はあの性格です。細々としたはかりごとなんて出来ないタイプですし、癖はあっても魔物との戦いに対してプライドを持ってる……そんな人間が、敵と手を組んで偽りの戦争オママゴトを良しとするでしょうか?」

 違和感を感じ始めたのは、ゴーフル中将の御令嬢が社交界で僕にアプローチしてきた時だ。

(※「第85話 お嬢様は親の道具です」「第86話 彼方の戦地に違和感アリです」参照)


 その前後でゴーフル中将自身の僕への態度は何も変わってない―――まったく興味がない感じだった。自分の娘をけしかけたにしては、僕への態度が変化しないのはおかしい。


「中将の御令嬢が、本当に父の命で僕に近づこうとしたのでしたら、中将自身も何かしら僕への接し方なりに変化があるはずです。ですがそれがなかった……いえ、むしろあの感じは、もしかするとご自身の娘がそういう行動を取ったことすら知らなかったかもしれません」

「それではゴーフル中将の御息女は、父親ではない何者かの言葉で殿下にアプローチをしてきた……ということに?」

 僕はハッキリと頷き返した。


「はい、それが一番しっくりきます。ゴーフル中将は戦地に立って長らく忙しい身。当然、ご自分の家に帰る機会はとても少ないはず。そこに付け込んで、中将の名を借りての手紙なり伝言なりでもって、彼の家族を動かす―――中将が性格に難があることは多くの人が知ってる事実ですから、何か企んでいる諸悪の根源たる人物とみんなに思い込ませるに、最適な人材になるでしょうしね」


「黒幕のスケープゴートも兼ねている、という意味ではまさしく。貴族社会のあれこれに疎く、しかし王国の主力を率いる地位を与えられている人物。まさしく操りやすく、かつ大きなことを起こしやすい。ゆえに問題が生じた際に、嫌疑もかけられやすくて皆の注目が集まりやすい……」

 語るセレナは冷や汗を流していた。

 とんでもなく重大で問題が深くって、理解するほどにゾッとする話だ。僕だって背筋がうすら寒いものを感じてて、今にも震えそうだもん。


「すぐにでも兄上様達に相談を持ち掛けたいところですが、そのためには真の黒幕にアタリをつけておくべきだと思うのです。貴族社会の上では、マックリンガル子爵など怪しい方々の名はあがっていますが、軍部の方はあまり詳しくは……そこでセレナに思い当たりそうな怪しい人物を模索してもらって、その詳細をいただきたいんです」

 東の最前線で魔物側と接触しているのは主力軍内にいる人物―――つまり軍人だ。直接本人かどうかは分からないけど、本人にしろ使いの兵士にしろ、そういった事をしそうな人間を絞り込む。


 その上で兄上様達のところにこの話を持っていく。西のこともあるから急ぎたいけど、焦りは禁物だ。


「(黒幕が最終的に何をしたいのかどうも見えてこない。これまでの騒動や事件も手が込んでるし、単純にこの王国を滅ぼしたいとかでもなさそうだし……)」

 正直、今は場当たり的に問題に立ち向かってる感が強い。




 何とかして黒幕の先手を取りたいけど、それはまだまだ出来なさそうだ。




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