第150話 幸せは連鎖します




 レイアが生まれて4カ月になろうとした頃、ちょっとした事件が起きた。




「ぅ……ぅっ、ぁ~、うっ!」


 コロン


 寝返りだ。


「! れ、レイア様、今……」

「寝返られましたね……」

「だ~ぅ、ぁぅー」

 エイミーとセレナが感嘆と感動の表情で、どこか誇らしげなレイアを見る。僕はアイリーンと顔を見合わせると、レイアに近寄った。


「すごいですっ、やりましたねレイアっ♪」

「確かにすごいですね。寝返りは5カ月目くらいからのイメージだったんですが……」

 優しく撫でて上げると、とても嬉しそうな顔が返ってきた。

 何か上手くできたら褒めるっていうのは、やっぱり重要みたいだ。






――――――その日の夜は、ちょっとした宴会になった。



 レイアの寝返り成功。

 それだけの事のはずなんだけど、父上様と母上様がお祝いとばかりにやってきて、王族集合の賑やかな夕食会になった―――聞きつけるの早いし、行動も早いよお二人さん。


『孫娘が健やかな成長をしている証、これを喜ばずにはいられまい』


 父上様はそう言ってたけど、当のレイアは祖父母の高いテンションにキョトンとしてた。

 赤ちゃんからしたら、周りがいつもと違うのが不思議なのかもしれない。


「大丈夫ですよ、レイア。皆さんレイアの寝返り成功を喜んでくれているだけですから」

 僕の腕の中で抱っこされてるレイアはとても可愛い。僕が笑顔を向けると笑顔を返してくれる―――うーん、父親は娘を可愛がるっていうけど、今ならその気持ちが分かるなー。




「失礼致します、殿下」

「……何かありましたか、ヒルデルト准将?」

 僕があえてそう呼ぶのは、ここが王家の夕食の席で他の王室のやんごとなき面々がいるから……じゃない。

 セレナの声色から用件が公的なものオフィシャルだってすぐ分かったからだ。


「はい。夕刻、先王陛下の馬車が入城なされた際に、城門の兵士が見かけたという不審者を捕らえました。" 裏 ” の人間のようですが先ほど、こちらの尋問に対して口を割り、特定の貴族の情報連絡係であると吐露いたしました」

 ここで兄上様達に直で報告するんじゃなく、僕にきたのには理由がある。兄上様達の周囲には常に侍従さん達がいるんだけど、たぶん彼らを送りつけて来た貴族の中に、その連絡係のあるじがいるんだ。


 もしセレナが直接兄上様達に報告に行く場合、人払いをしてもそれだけで侍従が主である貴族に報告してしまうから、こっちの動きに勘付かれてしまうかもしれない。


 一方で、セレナが僕こと王弟一家の護衛を指揮してることはおおやけの事実として貴族の間ではすでに知れ渡ってる。僕に何かを報告していたって不自然には見られない。



 セレナが兄上様達のいる辺りからは見えないように、小さく折りたたんだ紙を手渡してくる―――吐かせた情報だろう。


「ご苦労さまでした。引き続き警備の方、よろしくお願いしますね」

「はっ、では失礼致します」


  ・


  ・


  ・


 夕食会の最中、レイアを家族にあやしてもらうために近づいた時に、こっそりとセレナから受け取った紙を兄上様おうさまに渡した。

 僕からソレを受け取りながらも、完璧に素知らぬフリを通し、レイアに叔父としての笑顔を向け続けていたのはさすが。


「(今頃、その貴族をおさえるように指示だしてる頃かな)」

 僕のほうは、アイリーンお嫁さんレイアと一緒に寝室に帰ってきた。

 そんなかしこまった席じゃないけど、やっぱりロイヤルファミリーが集合してるのって緊張する。


「はふぅ~、お料理のお味があんまり分らなかったです……」

 アイリーンもこればっかりは慣れないと、部屋につくなり緊張を解いた。


「ふふ、ご苦労さまですアイリーン。レイアも疲れましたか?」

「ぅ、ぅ~、ぁ~……ふぁ~」

 ちっちゃくて可愛らしいあくびをひとつ。それを見るだけでなんだか優しい気持ちになれる。


「旦那さまも、お怪我は大丈夫でしたか?? 無理はしないでくださいね??」

「はい、さすがにまだ跳んだり跳ねたりとまではいきませんが、支えなしでも歩ける程度には傷も癒えてきましたので、大丈夫ですよ」

 この辺は、実はヴァウザーさんのおかげだ。


 あれからヴァウザーさんとは、この国の医療水準の引き上げについて積極的に議論を交わしてる。

 その一環で、今ある治癒魔法の効力を少し高める方法を、僕の怪我の治療に取り入れて実践してるんだ。


「(いわゆる治験っていうのかな、これも? 経過もいいし、最初の侍医の見立てよりも治りが早まってる……うん、いい感じ)」





 久しぶりにいい事が続いてる気がしたこの日、さらにいい事があったのを僕達は数週間後に知ることになる。


 宰相の兄上様の奥さんの一人、キュートロース=ヘスン=ピュナレット第一宰相夫人が懐妊したんだ。


 エイミーが夫人同士のお茶会で聞いてきた話によると、この日の夕食会でのレイアの愛らしさに宰相の兄上様と夫人があてられたらしくって、ちょっと頑張ったとかどうとか……。



「(兄上様も人の子だったってことなのかな、フフッ)」

 あの厳しそうな兄上様が、他を見て感化されるのってちょっと不思議に思えるけど、それはそれで失礼な考えかもしれない。


「(でも、こういういい事が続く時こそ、気を引き締めないとね)」

 それにこれはチャンスでもある。兄上様の第一子ご懐妊を理由に、王城内の警護体制の強化を図れるはずだ。


 僕は早速、セレナの権限強化もセットにしようと考えつつ、兄上様達に相談した。




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