第145話 病床で公私の時間です





「そうそうタバコの件、犯人がわかりましたよ」

 僕のお見舞いに来てくれた兄上様おうさまが、世間話のノリで切り出してきた。




「レイアが生まれる前、アイリーンが襲撃された時のですね」

 隣室の絨毯に穴があいてたのを、ヘカチェリーナ達が発見したやつだ。

 (※「第114話 犯人捜しです」参照)


「ええ、そもそもタバコを嗜む方は少ないですから」

 この世界のタバコ嗜好は相当な少数派で、人前で吸う人もいない。タバコ臭を漂わせてる貴族は本当に数えるほどしかいないから、誰が吸ってるのかピックアップすることは簡単だ。


 ……けど、他にこれといった証拠がないから、その喫煙者の中から1人を確定させるのが難しかった。



「ネーブル氏ではなかったんですね」

 後に魔物による襲撃の事件で捕まったネーブル氏。僕は彼がタバコの痕跡を残した犯人かと思ってた。

 (※「第124話 逆襲撃の室内戦です」参照)

 けど兄上様の様子からしてどうやら違うっぽい。


「ネーブル氏はタバコを嗜んではいませんでした。タバコの痕跡を残したのは、ウィウラータ男爵です」

 ウィウラータ男爵―――嫌味で地位や名誉に傾倒する、貴族の家庭教師的なイメージの人だったと記憶してる。


「(いつも自慢げに細長いヒゲを触ってたっけ……何がそんなにいいのか分からないけど)」


「タバコの販売経路を追跡したところ、あの襲撃事件の直近1ヵ月の合間に購入した人間は、ウィウラータ男爵の使いの者のみだったそうです」

 こちらの世界のタバコは、いわゆるパイプを使ってたしなむ。ただタバコ自体の愛用者が少ないこともあって、道具も材料の葉もかなり粗末な造りらしい。


 原材料の時点で前世と違って、かなり保存の効きにくい植物らしく2週間程度でダメになってしまう。


 さらにパイプ。1度にごく少量しか使わないこと前提で作られてるモノが一般的で、葉を入れる場所が浅く狭い。

 分量を間違えたり、慌てて少しでも傾けたりしようものなら、簡単に火のついた灰とかが落ちちゃう。その扱いの難しさがまた愛好家の心をくすぐるらしい。


「(この世界でも、そこまでして嗜もうとする人はいるんだなー)」

 需要がごく少数過ぎるせいで改良もされない。売れ行きの悪い商品に手間暇かける商人もいないので、タバコの日持ちやパイプなどが改善される様子はない。

 だからウィウラータ男爵があの日吸ってたモノも、一般的なタバコと同じものだろう。


「煙を吸って何が良いのか理解しかねますが、おかげで捉える事ができました。今は逃げ道を閉ざしている最中です」

「(タバコの跡と購入履歴だけじゃ弱すぎるもんね。言い逃れなんていくらでもできそうだし)」

 もっとも、兄上様達に任せておけば何の心配もない。

 問題は、あのアイリーンを襲撃した時にタバコの痕跡を残した誰かさんが、ネーブル氏じゃなかった点だ。




「一体、どれだけの人が裏で関係しているんでしょうか……」

 つい呟いてしまう。


 元から反王室派なんて貴族派閥があるくらいだ。多数の貴族が裏で動いててもおかしくないけど、僕としてはできれば繋がる根っこは狭く浅くあってほしい。


「(黒幕まで1本線で繋がってくれてたらシンプルなのに。ただでさえ事件ごとに黒幕が違ってる可能性があるとか、ため息ものだよ……はぁ~)」

 勘弁してほしい。それでいてまだその黒幕は1人として確定してないっていうね。容疑者はいっぱいいるのに。


「大丈夫、心配しないで。この兄に任せて、どーんと安心していてくださいね」

 ぺっかーと笑顔を見せる兄上様だけど、残念ながら安心はできない。

 先のジェンドラー伯爵毒殺の件だけ見てもそうだけど、この世界じゃかなり頭がいい方の兄上様達でさえ、理解しきれないことがいっぱいある。


 そういった部分は、前世の記憶がある僕が何とかするしかないんだろうけど……


「はい、頼りにしてます、兄上様」

 怪我で安静が必要な今は、兄上様達に頑張ってもらうしかない。

 不安はない―――そう装って笑顔を返すのが心苦しいけど、こればっかりはしかたない、死にかけた上でなお無理して、僕も頑張るなんてさすがに言えないし。


「(今のところ僕の危篤説が流れてるせいか、暗いところの動きが大人しいけど、また襲撃とか仕掛けてくる可能性もあるし、参るなぁ……)」

 安全で平穏で幸せに暮らすことがこんなに大変だなんて。


 僕は安心した風を装って気疲れをの脱力を隠した。





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 兄上様が退室してから2、3時間後。


 レイアを連れたアイリーンがベッドの脇に座っていた。傍にはヘカチェリーナもいる。


「ぁ~ぅ、……まっ、…ぅう~」

「よしよし、今日もいい子にしていましたかレイア?」

 僕の傍に寝かされたレイアはご機嫌良さそうだった。

 生れたての時よりも顔立ちがしっかりしてきたし、小さな手足を動かして懸命に自分の存在感をアピールしようとするような仕草が可愛らしい。


「よくお乳も飲みますし、今日もとっても元気でしたよ」

 アイリーンもホクホク笑顔だ。よく張るのでレイアがたくさん飲んでくれるのはありがたいとは聞いてたけど……


「(そんなに飲んで、この小さな身体のどこに入るんだろうね?)」

 人体の不思議。成長の不思議。

 日々成長する娘をいとおしく思ってると、重くのしかかるいろいろな問題や不安が、何だか軽くなっていく気がした。






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