第134話 荒立つ緊急事態です






 嫌な報せが届く。




「……何だと? ジェンドラー伯爵が? 確かなのか」

 ジェンドラ―伯爵。

 かなりの高齢だが王室派貴族であり、このたび王弟公務における護衛の私兵を供出した者だ。


「ハッ、宰相閣下。ジェンドラ―伯爵、間違いなく本日昼前に自室にで自刃―――お亡くなりになられたとのこと」

 ここまでハッキリとキナ臭い話もそうはない。タイミングからして異常だ。


「……―――っ! 伯爵の件は後だっ。今すぐに兵100、いや20でかまわん。弟の下へと急行させろ、最速でだ!!」

「え?? あっ……ハ、ハハァッ、ただちに!」

 王弟の護衛兵士を出した伯爵が自殺―――いや、本当に自殺かははなはだ疑わしい。


 だが死んだことは事実。となると、今もっとも危険に晒される可能性が高いのは、他でもない愛すべき弟。





「くっ、王室派だからと油断していたか……っ」

 ジェンドラ―伯爵の人柄を考えれば、こちらをたばかっていたとは思えない。自殺が本当は他殺だとしたら、ジェンドラ―伯爵自身がハメられた可能性が高い。


兄上!・・・

 王の執務室の扉を開ける。普段ならば陛下とお呼びし、公私をしかとわきまえるが、今はどうでもよい。

 私の呼び方に、当の兄上も緊急を察してくれたようで執務机より立ち上がる。


「……何がありました」

「ジェンドラ―伯爵が自刃したと今、報告があった。……弟が危ない!」

「!!」

 普段、優しくものんびり微笑んでいる兄上だが、非常に聡しく優秀な人間だ。私の最低限の言葉で多くを察してくれた。


「兵は?」

「早さを優先して20」

「第二陣を出しましょう。……誰ぞあるか!!」

 けたたましいほどに鳴る呼び鈴。同時に兄上おうさまの呼び声も重なって、慌てて入室してきた近衛3名が、緊張の面持ちを浮かべながら膝をつく。


「緊急ゆえ礼儀は不要です。ヒルデルト准将に、足の速い兵50を編成し、すぐさま王都東門より街道沿いへと急行させるよう伝達を。任務は ” 王弟救出 ” です、それだけ言えば彼女ならば分かるはず」

「「「ハッ、かしこまりました!」」」




  ・


  ・


  ・


 アイリーン様の護衛をしている私のところへと任務伝達を送られたこと―――あるいは陛下も冷静さを欠いておられたのかもしれない。

 彼女の耳に届けば、どのような反応をなされるかは明らかでしょう。



「っ」

 想像通り、アイリーン様は椅子を吹っ飛ばして立ち上がりました。

 けたたましい音が鳴り響いて、さすがにレイア姫様が泣き始めてしまわれた。


「……アイリーン様、貴女様は動かれてはいけません。いまだか弱き姫様を御守りするにおいて、母親である貴女様をお側より欠くこと、決してあってはならないのですから」

「けどっ、だけど……旦那さまがっ」

 むずがる子供のような表情を浮かべられるアイリーン様を宥めつつ、私は副官のオーツ一尉に視線を送る。


「……分かっていますね?」

「は、お留守はお任せください、准将閣下」

 オーツ一尉は優秀、しかし堅さがある。柔軟さと臨機応変さが求められる火急の任務には不向き。なのでアイリーン様とレイア姫様を御守りするべくここに置いていく。


 私はマントをひるがえして、アイリーン様とレイア姫様に敬礼して退室―――即座に廊下を走りだします。


「先に走りて、兵と馬の準備を終えておくよう手配なさい」

「ハッ、心得ております准将閣下!」

 配下の中でも特に足の速さに定評ある者に、1秒でも早く出陣できるよう、準備に走らせます。護衛任務のための完全武装であるにも関わらず、あっという間に見えなくなった配下が、大変頼もしい。


「私達も急ぎます。殿下の御身に万一あらば、我らとてもはや生きてはいられないものと覚悟するように」

「「「ハイッ」」」








――――――王都東門。


「しかし最近は往来が減っていたが、今日は本当に誰も行き来しないな」

「ああ。朝出かけて行った殿下の馬車の後は、5、6人の行商人か旅人しか出入りしなかったもんな。こうなるとさすがに少し暇だぜ」

 巨大な門の前、6人のフルプレートに身を包んだ兵士達は、呑気に背伸びやあくびをする。

 城壁の上にいる者達も、平穏だが退屈だと言わんばかりに肩を回したり空を見上げたりしていた。



 そんな中、城壁上の見張り台にいた兵士が何かを見つけ、目を凝らした。


「……ん、なんだ? おーい、様子が変なのが一人、こっちに来るぞー」

 さすがに現場のプロたちである。

 見張り担当が声を張り上げれば即座に身構え、緊張感をまとう。

 


「はぁ、はぁ、はぁっ、だ、誰かっ……たす……けてっ、くれぇぇっ」

「! なんだ、どこの兵士―――おい、あれって殿下の護衛についていった連中と同じ鎧だ!」

 全員嫌な予感を覚える。門番達はすぐさま息も絶え絶えなその兵のもとへと駆け付けた。


「おい、大丈夫か! 何があった!!」

「お、俺は…俺は大丈夫だっ、それ、よりもっ…早く、…早くっ! 殿下が、危ないっ。こっから500mほど先……妙なマントの連中に襲われてっ……ぜぇ、はぁっ、ぜぇっ、はぁっ、敵は……10人ほど、だがっ……手練れで、ウチの連中じゃっ、はぁはぁ、アレはヤバいっ」

 門番の一人が腰から小さな角笛を取り、すかさず吹いた。


 ブォォォオッ


 さほど大きな音ではないが、王都東門に務めている兵士達全員にしかと聞こえ、緊急事態発生がもれなく伝わった。





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