第九章:戦舞と小さな命

第121話 寝室の戦いです




『コォアアアア……』



 ソレはゆっくりと息をした。


 隆々とした筋肉に、寝室の天上までの高さにちょうど収まる背丈。土気色の肌は岩石が動いているかのような印象だ。


 上半身裸体ながら下半身にはみすぼらしくもズボンをはいている。靴はない。

 色のないロン毛、逆立った牙、そして何よりも特徴的なのがその青一色の単眼。



「サイクロップス……?」

 僕はそう呟いた。だけど何かおかしい。


「旦那さま、アレは違います。特徴は似てますけど、小さ過ぎ・・・・です」

 壁をぶち抜いた後、止まることなくアイリーン達の辺りに身体ごと突撃してきた大きな敵。

 だけど産後間もないはずのアイリーンは、軽やかに赤ちゃんを抱き上げてそれを回避。後にはバラバラになったベッドの残骸が残ってた。

 僕のそばに来て家族がかたまった。僕とアイリーンは、ホコリが舞うベッドのあたりを油断なく睨んでる。


 見失った獲物探すように、ゆっくりと辺りを見回す魔物。


 護衛メイドさん達が取り囲むように配置につき、寝室の外からも異常を察知した兵士さんが入室―――率いる隊長がつけてる腕章はセレナ旗下の者である事を示していた。


「殿下っ、アイリーン様、お怪我は!」

「ありません。それよりもジェシェーナさん率いる護衛メイドさん達と協力し、魔物への対応をお願いします」

「ハッ! お任せください、殿下!」

 魔物は兵士が増えたことに一瞬たじろいだみたいだ。その隙に各々が最適な配置につく。



 僕はアイリーンから娘を受け取って慎重に抱く。ヘカチェリーナがバルコニーから僕達のそばへ来きた。

 護衛メイドさん3人が僕達の前に立ち、その前に別の護衛メイドさん達5人が、さらにセレナの部下の兵士さん達9人が魔物と対峙する最前列を形成。

 2人の兵士さんと隊長さんが僕達の位置と寝室の出入り口までの導線上に回り、退路を確保した。


 さすがは王族用の寝室。広い分、これだけの人数が戦闘態勢を取れる。




『……グ、グ………ォアァアア、……マ゛……マ゛………ァアアッ!』

 自分への大勢の戦意を感じ取ったのか、瞳孔のない青一色の瞳が輝きだした。


 それが徐々に紫じみていって、やがて赤紫の輝きに変わったかと思うと、魔物は再びその剛腕を振るい出す。


『ガァァァァァアアアアアア!!!!』


 ガァアン!!


 兵士さんを狙った両拳が床を殴った。さすがにセレナのとこの兵士さん達は練度が高い。危なげなく攻撃をかわしてる。殴られた床はくぼみができて変形した。



「連携、同時3方!」

「「「了解!」」」


 ヒュッ、シャッ、ビュシュッ


 隊長さんの指示を受けて兵士3人が魔物の正面左右から同時攻撃を仕掛ける。土気色の肌の上に淡い緑の線が走って、同じ色の液体が吹きだした。


『ギャァアアアッ!!!!』

 痛みに暴れる魔物。その姿はどことなく子供じみた動きのように見える。



「……アイリーン、アレはサイクロップスの子供か何かでしょうか?」

「いえ、サイクロップスの子供はあんな見た目じゃないです。サイクロップスなら生まれた時点で5m……背丈は比肩しますが髪の毛がなく、筋肉もあんな風についてはいません。何より幼少期の肌色は明るい黄緑で、成長すると深く青味の強い色に変わってくんです」

 つまり、まるで別種の魔物だということ。しかもアイリーンは、該当すると思われるような特定の魔物の名前を挙げなかった―――新種や未知の魔物の可能性。


「……ヘカチェリーナ、何か面白い事・・・・は出来そうですか?」

 あえてそう問う。

 彼女のスキルは頼もしいけど、狙って効果を選択するのが難しいモノだ。ヘンにプレッシャーをかけるわけにはいかない。


「んー……いきなりすぎてちょいムズかな。何となく " 剛力 " って気分だし」

 おそらくは、あの魔物が壁をぶち破った様子を見てのインスピレーション。使えなくはないだろうけども、どの程度の有効時間と効力を見込めるかは分からないので、単純に誰かをパワーアップさせればと考えるのは良くない。


「一応、込めておいてください、あるに越したことはないでしょうから」

「……オッケー」

 ヘカチェリーナもかなり緊張してる。なにせ目の前の魔物はまともに対峙したら、まず間違いなく殺される、絶望的な相手だ。

 アイリーンが本調子なら一瞬でカタがつくんだろうけど、今はそうはいかない。


「アイリーン、兵士さん達のバックアップをお願いします。いくら貴女でも産後ではいつものように動けないでしょう? ……それに、あの魔物は何か引っかかるものがあります。可能であれば逃がさずここで確実に仕留めた方がいいと僕は思います」

「……了解です、旦那さま」

 実際、剣を構えて僕と赤ちゃんを守ろうと立ってるアイリーンからは、今までほどの頼もしさを感じない。

 途中、何度も両肩が上下して頻繁に呼吸を整えてるからだ。まだほとんど戦闘なんてしてないのに。


 これでも出産したばかりの女性として考えたら破格の元気の良さと体力なんだろうけど、さすがに無理しているのが分かる。


「(今でこそ、こういう状況だから家族を守るっていう強い意志で疲労を忘れられていられるのかもしれないけど)」

 2時間ちょっとはお産としてはかなり短く、すっごく安産だったって助産医師のオンパレアさんは言ってた。けど同時に、産道に多少傷があるからしばらく安静にとも言われてる。


 ……今のアイリーンの身体で派手に立ち回ったり力んだりするのはよくない。

 けどこの状況で言われて大人しく守られてるだけじゃないのが僕のお嫁さんアイリーンという女性ひとだ。


 最優先は赤ちゃんの安全―――そのためにもまずは時間稼ぎ・・・・。この場にいる全員の状況を正確に把握しながらその都度、最善の判断を、この場で一番身分が上の僕がしていかなくっちゃいけない。





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