第116話 妊婦なお嫁さんと候補な将軍です





 さすがのアイリーンも、お産が近づいてきたら元気が―――




「旦那さま旦那さまっ。この差し入れのお菓子、美味しいーですよ!」

「………」

 うん、すごいねキミ。


 もう出産予定日まで2週間もないのにまるで変わんない僕のお嫁さんアイリーン

 お産間近な妊婦さんにしては、さすがにちょっと元気過ぎませんかね?? マタニティブルーとかになるかもって心配してたのに、完全に空回りだ。


「美味しいなら何よりです。何か体調に変化はありませんか??」

 念のため聞いてみるけどキョトンとされた。

 あ、全然大丈夫なやつだコレ―――むしろ何か変化ないとダメなのかって思ったらしくて困惑してる。



「大丈夫ですよアイリーン様。……普通は出産が近づくにつれて、心身にちょっとした影響が出ることがあるのですが、ないに越したことはありません」

「そうなんですかっ、ありがとうございますセレナさん!」

 思惑どおり、セレナは直属の兵士さん50人と一緒に王城の一角に常駐することになった。

 僕の居住してるエリア付近に指揮所や執務室が設けられて、そこで王都圏防衛の責任者としての仕事をしてる。


 けどアイリーンの予定日が近くなってからは護衛強化に力を入れてもらうようになって、セレナも頻繁にアイリーンの寝室に訪れてくれてる。



「(超美人で母性溢れる姉と、美少女だけどちょっと落ち着きの足りない妹、って感じの画だなぁ)」

 セレナは将官にまで自力で上り詰めた女性だけど、面倒見が良くて基本その性格は嫋やかだ。けど世の令嬢や夫人のような嫋やかさじゃなくって、頼もしさが綺麗に混ざってる感じ。

 これで母性的じゃなくって、クールで凛としたマデレーナさんみたいな成分が性格に含まれてたら、男装の麗人とか似合うかもしれない。


「(どんなグループでも穏やかに見守る系のリーダーになれるよね、セレナは)」

 ……もっとも僕と二人しかいない時は、完全にとろけて弟激ラブお姉ちゃんみたいな状態に変貌しちゃうけど。





「申し訳ありません、少々お聞きしてもよろしいでしょうか、殿下」

 アイリーンの事はセレナに任せて僕は一度部屋を出た。すると廊下でセレナの副官の一人、昇進したオーツ一尉(元三尉)が小走りに駆け寄ってきた。


「はい、何でしょう?」

「……その、このような事をお尋ねするのは臣下の身として不敬とは思うのですが、殿下がヒルデルト准将を側室のお一人にお迎えになられるというウワサがたっておりまして……」

 オーツ一尉はセレナ同様、優秀だけどなかなか認められずに苦労した女性士官だ。自分の境遇もあって、セレナにはしかるべき地位に立ってほしいと常々思ってるっぽいところがある。


「それでその―――」

 相手が本来、軽率に言葉をかわすのさえ憚られる王弟の僕な上、話題が婚姻ごとなだけにかなり言いにくそうな彼女に、僕は手の平を見せて発言を制した。


「ウワサは本当です。ただ、今回の王城への移動はそのための前段階とかではなく、あくまでも出産を控えたアイリーンの警護を強化するためです。それと―――」

 僕は少しだけ声をひそめて、オーツ一尉にちょいちょいと耳をかすように手招きする。


「―――セレナには軍権を保有した上で、僕のお嫁さんになっていただくつもりでいます。兄上様たちも乗り気で、新しい地位を創設するお話になりますのでまだ実現するかは分かりませんが、上手くいきましたら立場上、おそらくは大将とほぼ同等となるでしょう」

 それを聞いた瞬間、オーツ一尉の表情が明らかによくなった。

 つまりは事実上の大出世も同じ話だ。彼女のようなタイプは、直属の上司の出世をとても喜ぶと思っていた。


「あ、もちろんこのお話はコレですよ? まだ確定しているわけでもありませんし、おわかりになるかと思いますが、根強い反対もいまだ健在ですからね」

 人差し指を口前に立てて、口外しないようにと釘をさす。


「ハッ、かしこまりました殿下!」

 兄上様達も僕のお嫁さんが軍権を保有するっていう案には、本当に乗り気だ。


 王室が直接振るえる力を強化することは、反抗的な貴族達への牽制にもなる。そのための制度設計にはかなり慎重だ。

 新設する位の呼称も妃将、王軍妃、妃将軍などなど、色々候補ある中からまだ絞りきれてない。



「(ま、僕の結婚関連がまだアイリーン出産とクララ待ちで、早くてもその後になっちゃうから慌てる必要はないんだけど―――それにしてもウワサになってるんだ)」

 考えてみると僕はセレナをよく頼りにしてる。何かと軍の力が必要な時は、まず彼女に打診してきた。

 先の魔物の軍団との戦いでも、見方をかえれば僕がセレナを助けるために戦場にいったみたいに見えた人もいたかもしれない。


 そこへきての今回の王城内への移動移設だ。


 役目は口実で、正式に僕の側室入りするためのステップって思ってる人は結構いるのかもしれない。



「(……それならまだいいんだけども、ちょっと手を打っといた方がいいかもしれないな)」

 面倒なのは、軍部が故意にそういうウワサを流してるパターン。


 軍部のお偉いさん達の中には、女性でありながら将官位に座るセレナを疎ましく思ってる人が少なくない。

 彼らにしてみれば彼女と王弟が懇意にあるって知ったら、僕にセレナを押し付けて早々と軍人を引退させ、自分達の出世の席を空けるためにも退かしたいと思うはず。


 なので結婚を避けられないくらい、そういう雰囲気や機運を高めるためのウワサを広める―――何だったらセレナの実家に手を回したりもしてるのがいるかもしれない。


 だけどまだ早い。セレナの場合、先に妃になると後から軍権を持たせるのが難しくなるのが目に見えてるので、あくまで権力と結婚はセットでないといけないんだ。


「……今は軍部のプッシュを上手くかわさくっちゃね」

 タイミング。これを乱されるのはものすっごく困る。


 なので僕は、すぐに兄上様達に相談しにいった。





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