第110話 危機への予防は先人の知恵です




 一番怪しいのはやっぱりゴーフル中将、それとベーラン男爵だ。




「(特にベーラン男爵は、役職を何も持ってないから普段はお城に来ない。外で何やってたっておかしくないし、それでいて影響力も持ってる……)」

 一番怪しい人間だ。

 けど同時に、はたして本当に魔物と通じているのか疑問になる人物でもあった。


「(魔物を手引きして……ベーラン男爵に利益があるとは思えないんだよね)」

 実は、セレナ達と一緒に退けた先の魔物の軍団と戦闘した場所は、ベーラン男爵の領地にも引っかかりそうなほどすぐ近くだった。


 魔物の軍団が誰かに制御されてるような雰囲気はなかったし、あんなのを手引きしたらどこへ進路を取るか分かったもんじゃない。

 もしベーラン男爵が魔物を手引きとかしてたら、自分の領地だって危ないはずで、欲深い貴族にしてはリスクが高すぎる話だ。



「(それにゴーフル中将。あの人にそんな企みができるなんて思えないし)」

 僕は以前、彼が王国の主力を手懐けてクーデターを起こす可能性を危惧してた。

  (※「第45話 クーデター予防接種です」参照)


 もしゴーフル中将が魔物と通じてるなら、クーデターは簡単に実行できるだろう。


「(いっても将軍だ。性格から腹芸が出来ないなんて決めつけるべきじゃないんだけども)」

 だけど戦力面では十分だったとしても、魔物を制御できなきゃただ破滅の地獄を引き起こすだけで、ゴーフル中将自身、終わってしまう。



 ―――そう、魔物と通じてる人が誰であれ、その目的が何であっても、大量の魔物の軍勢を制御できなきゃ破綻する。絶対に成功しないんだ。



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「魔物は言葉を話せない……交流は不可能、と」

「はい、無理ですね絶対。私も大小いろんな魔物を倒してきましたけど、そんな事ができる魔物って、一匹もいませんでしたし、聞いた事もないですよ」

 ベッドから出られる時間が(主に ばぁや によって)制限されてしまったアイリーンの暇つぶしもかねて、僕は魔物と戦った時のお話をしてもらう。

 時々、興味や好奇心を装って質問しては、お嫁さんとの会話から情報を獲得していた。


「魔物同士はもちろん意思疎通しているのですよね?」

「そうですねー、魔物の種類にもよると思いますけど、最低でも同種なら通じ合っていると思いますよー」

 それは間違いない。なにせ “ 軍団 ” を形成できるんだ、同種どころか他種の魔物同士でもある程度はやり取り出来てないとおかしい。


「(だけど実際に見て分かったのは、軍団っていっても大まかな協力だけで、実際の戦闘じゃ、それぞれが好き勝手に暴れるだけって感じだった……)」

 それだけでも人間にしてみれば十分脅威だ。けど、人間みたいに連携を取って来ないっていう事実には、まだ安心できる。




「ちなみにアイリーンは、今まで戦った中で同時に数多く相手にしたのはどんな魔物だったんですか?」

「んー、そうですねー……スライム、って言いたいとこですけど、アレは正確に数を数えられる魔物じゃないし」

 ちなみにこの世界だと魔物のスライムは、ものすっごく不定かつ不安定なモノらしい。

 ほんの些細なことで簡単に分裂するし、近くに他のスライムがいると簡単にくっついて同化しちゃうしで、個体として数を数えるのがとっても難しい魔物らしい。


「(図鑑で見た時、透明なヘドロだと思ったけど、やっぱりゲームみたいにある程度形が定まってるような魔物じゃないんだなー)」

「それを抜きにして一番多かったのは、やっぱりリープゲブルでしたねー」

 リープゲブル。ゴブリンの発展亜種。その誕生はすっごくおぞましい。


 ……何せ、ゴブリンが人間相手に繁殖した結果、誕生した種だ。



「リープゲブルは繁殖意欲が年がら年中旺盛な魔物で、一度目をつけられると半端じゃない数の仲間を呼びますから苦労しました。1匹1匹は弱いんですけど、数が多いんで大変です。覚えている中で一番多かったのは、2000匹クラスの住処コロニーを殲滅した時ですね、実際は6000は余裕で隠れひしめいてたんですよっ」

 全身がイボだらけで、まだ人に近い姿のゴブリンよりもバケモノじみた姿をしてる。どんなに大きくても人間の10歳児と同じ程度。それでいてゴブリンより弱い。


 なので、他の魔物や熊みたいな獰猛な野生動物との縄張り争いとかで、自然淘汰されやすいから、普通ならそこまで恐れる魔物じゃない。



 だけど繁殖に適した人間の女性を見つけると尋常じゃないほどの仲間を呼ぶ。


 女性が1人さらわれるだけで、実に500匹以上増えるなんて言われてる。実際、人間の女性に子供を作らせるケースが一番、急激に数が増えるらしい。


「よ、よく無事でしたね」

「1匹1匹が弱いですもん。でも状況より本能が勝る魔物なんで、住処コロニーごと焼き払っても、どんなに劣勢になっても絶対に逃げないんですよ。だから1匹残らず殺し尽くしましたね♪」

 リープゲブルが好むのは生意気にも美女―――面食いだ。逃走より繁殖の本能が勝っていたのって、たぶんアイリーンが相手だったからに違いない。

 

 アイリーンに飛び掛かる傍から切り捨てられる光景が簡単に思い浮かぶ。



「(でも相手がアイリーンだったから、そのリープゲブルの住処は全滅したわけだけれど……)」

 たぶん、これがハイレーナさんの故国フェーレハルテスが滅んだ要因の一つだ。



 リープゲブルだけが人間の女性を繁殖目当てに使う・・わけじゃない。魔物の中には他にもそういった事をする種類は、実は結構多い。

 そしてその場合、魔物の遺伝子の方が強靭なのか、生れて来るのはほぼ父性側の、つまりはまるっきり魔物側の、人間の遺伝子なんてこれっぽちも受け継いでないのが生まれてくるらしい。



 なのでどんなに倒しても、たとえば戦火の中で国民の、具体的には女性が魔物達に掴まった場合、数を増やすのに利用される可能性が非常に高い。


 魔物は繁殖から生まれるまでの期間がとても短く、そして一度に数多く生まれる。


 どんなにその国の人達が頑張って戦い、数を減らしても、減らしたそばから自国の囚われた人達が魔物を生ませられ、軍勢に数を補充する図式。


「(王国が魔物の大軍に王都にまで襲撃を受けた時代に、国民を収容する前提でお城を大きくしていった理由がわかる気がする……)」

 倒しても倒しても減らない。守り切れない自国民がいるかぎり、魔物側に囚われて繁殖に利用される。


 なら自国民すべてをお城に収容して、堅固な籠城戦をするっていう当時のお偉いさん達の判断は、あながち間違ってない。

 食糧の問題や引きこもり生活を強いる精神への問題なんかが課題だけど、少なくとも魔物の数が増えるのは阻止できたわけだ。


「(当時の王様は、きっとすごく頑張ったんだろうな)」

 当時世代のご先祖さまの苦労に思いをはせた事で、僕は少しだけ勇気を貰えた気がした。





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