第101話 同性友達もちゃんといます




 離宮をゲットできて、思った以上に色々な恩恵があった。



 主に荷物管理倉庫として使ってるわけだけど、同時に管理を任せている獣人さん達の、この王都での寄合いや拠点的な場としても重宝している。

 そして王城のすぐ傍なので、お城の外に出かけるのが難しい状況でも、ここなら僕もお城を出て気軽に来れるんだ。





 カッポカッポカッポ……ヒヒィーン


 馬のひづめと嘶き音。同じ馬車でも、なんだかのんびりとした雰囲気が感じられる。

 

「殿下、お客様がご到着されました」

「来ましたか、すぐ出迎えます」

 貴族たちの邸宅は王都の中にある。けど僕は王子様なのでお城に住んでる。


 なので誰か他の貴族と積極的に会うのは、なかなか大変で今までは機会が限られてた。だけどこの離宮をゲットしたおかげで、それが少しだけ楽にできるようになったんだ。



「やあ、お待たせして申し訳ない、殿下。やっとお眼鏡にかないそうなのを揃えることができてね」

「それは期待できそうですね、まずは中で一息ついてくださいクリンツ」



 ―――クリンティーノ=キン=メリブランシェ。通称クリンツ。


 僕と同じ年だけど、恰幅が良くて悪く言えばおデブ、良く言えばぽっちゃりな貴族子息だ。とても温厚でお人好しな気のいい性格で、学園での数少ない同性友だちの一人でもある。


 出会ったのは10歳のころ。

 学校では、ちょっとぽっちゃりな子がいるなぁ、って感じで、その存在は何となく知ってた程度だった彼。

 仲良くなったきっかけは社交界パーティだった。


 当時は僕もまだああいう場を毛嫌いしてて、最低限の挨拶だけ済ませてたんだけど、あるパーティで居心地悪るく困ったように壁際のテーブル近くにいた彼を見つけた。

 声をかけ、こういう華々しい場は苦手だと互いに意気投合。その後は、学校でもちょくちょくお話するようになった。



「(そして、彼の家はちょっと珍しい農業貴族の家柄だ)」

 基本、農業は下々の仕事―――なんだけど、それで大功績を打ち立て、爵位を得た一族が300年ほど前にいたらしい。その末裔がクリンツだ。


 彼の家、メリブランシェ家は一族代々農業のエキスパートで、野菜・果樹・穀物・植樹などの分野のプロフェッショナルとして有名を馳せてる。

 しかもここ数代は酪農や林業に漁業まで、第一次産業を制覇する勢いで手を広げているらしい。


「最初から僕に言ってくれれば、綿花栽培もアドバイスしたんですよ」

「いやぁ、競合相手を育てることになるって見られちゃうかと思いまして、少し遠慮したんですよ」

 クリンツの性格なら、頼れば気兼ねなく助けてくれたとは思う。

 けど、メリブランシェ家がどう考えるか分からない。最悪、クリンツが親から咎められる事になってしまっては申し訳ない。

 だから友達でも軽々しく相談できなかったんだ。



 けど先日、僕がこの離宮を得たことを知って、お祝いに訪問してくれた時―――


 『? 殿下、あそこに植えているのは綿花では? どうしてあのような場所に?』


 さすが農業一族の息子。知識のない人なら、単なる植樹の苗のようにしか思わないだろうソレを、一目で何か言い当てた。

 その綿花は栽培にあたって実際に成長や結実の様子を観察するための、いわば研究試験用にと、離宮を出たところの囲い壁の傍、樹木に混じる位置に植えていたものだ。



 僕が、ルクートヴァーリング地方の産業として綿花栽培が出来ないか試行錯誤している話を聞かせたら今回、彼が色々な植物の苗や種を取りそろえて持ってきてくれたというわけだ。


「(普段はのんびりして内気な感じなのに、農作物のことになるとすごく積極的になるんだよね、クリンツは)」

 そこに見え隠れするのは、純粋な第一次産業という共通点を持つ仲間意識。そんなクリンツだからこそ、僕も包み隠さずに事情を話せた。





「庭に試し植えされてる綿花は、まだ綿わたがつくまで1ヵ月はかかる状態だよ。だから今回は早生わせ系品種から実際に綿がついたモノも持ってきたんだ」

 庭先にズラッと並べられた綿花の鉢植え。

 鉢も大きいけど、運ぶ使用人達も大きい―――農民的なガタイの良さって感じだ。



「こっちの苗はイエローハッシュ。綿が黄色いでしょ? この種は白い綿の品種より、少しばかり日光による変色に強いから、冬用の作業着や防寒着とかに使われる以外にも、他品種で収穫した綿の上に乗せる、フタみたいな利用の仕方もします」

「なるほど、そうすれば運搬や保管の際も変色を気にせずに済むわけですね」

 語る知識はさすが。

 染めたりせずに天然で黄色い綿なんて初めて見た。前世にはなさそうな、こっちの世界独自の品種っぽい。



「こっちは逆に、凄く変色しやすいパールモール。綿を形成する繊維の密度が濃くて、しかも繊維1本の白の発色が凄く強いんです。生糸みたいに光沢もあるくらいに綺麗な白ですが、油断するとほんの数分の日照で変色しちゃうので、取扱いがすごく難しいんですよ」

 真っ黒な覆い布を慎重にあげて見せてくれたのは、本当に真っ白な綿だった。


「(綿……っていうよりも、本当に真珠とか固形の宝石みたいだ。一体あの一つの綿毛に、どれだけの繊維が詰まってるんだろう……)」

 取扱い難易度が高い分、品質も量も凄そう。だけどこっちは素人だ、この辺りのハイレベルなモノは、簡単には手を出さないようにしよう。



「この苗はブルーブラッド。綿が青いんだけど、実はこれ、綿の繊維自体がもってる色じゃないんです。綿とは別で、青い樹液が染み出て、綿を青く染めちゃうんです」

「へぇ、不思議な品種ですね。……あれ? ということはその樹液は、青の染料にもなるということでは??」

「うん、まさに。樹液が染み出すのは綿が結実した後だから、その前に綿を収穫してしまうんです。そうすれば綿と青の樹液を別々に採取できる……この品種は1粒で二度美味しいのが特徴です」

 純粋に面白い。前世じゃ存在しないような品種や植物の生態には、知的好奇心がくすぐられる。


 ここが前世とは違う世界なんだって実感できるのもあるけど、前世の記憶がある僕からすれば、こうした未知はとても新鮮で楽しい。



 そういう意味じゃ、前世の知識や記憶があるっていうのも良し悪しなんだなと思いつつ、僕はクリンツの持ってきた色々な植物の苗や種の説明に没頭した。



 



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