第102話 半端なちょっかいは藪蛇です
僕の友人、クリンツは多くのモノを僕にもたらしてくれた。
綿花の苗の手配や、さまざまな農作物の種や球根、それに珍しい羊まで500頭も譲ってくれる約束までしてくれた。
『メリブラン・シープって言ってね、当家で確立したブランドなんですよ』
話によると、普通の羊より2倍くらい大きくてぎょっとするほど大人しい性格で、普通の羊の5倍の羊毛が取れるんだとか。
何より驚いたのはメリブラン・シープのお肉は、寿命を迎えた個体が一番柔らかくなるってところだ。
「(普通は長く生きた羊ほどお肉はかたくなるイメージだけど)」
でもメリブラン・シープは、長く生きた個体ほど美味しくなる。
一体どれだけの時間をかけて、そんな種に進化させたんだろう? しかも酪農はまだここ数代で手をつけ始めたばかりって話だったのに――――――恐るべし、メリブランシェ家。
「(第一次産業じゃ絶対に争わないようにしよ)」
もし争うようなことなったら勝てる気がしない。僕はクリンツとはもっと仲を深めようと、強く思った。
さて、そんなすごい友人のおかげで離宮には頻繁に物が届くようになった。もちろん作物の苗やら種やらが大半……なんだけど
「殿下、
獣人さんが、届いた荷の中からそれを取り出してこちらに見せる。
「またですか……とうとう日課になりましたね」
ここ数日、メリブランシェ家名義の届け物に埋もれるようにして悪意の届け物が混ざるようになった。
当然のように差出人不明の封筒―――その中身は毒粉だ。といっても致命傷に至るようなものじゃなくって、触れると1週間くらい痛みに苦しんで寝込むことになる麻痺毒の一種らしい。
最初に届いた時、僕が差出人不明に
その時は結構な騒ぎになったけど犯人はいまだ不明。配達を辿っても発送元が突き止められない。
どうも犯人は配達中の配達員を狙って、その配達物に途中で紛れ込ませてるらしい。
「封は開けないでください。できれば封筒も手袋越しに触るように……ジョージさん、お願いします」
「ハッ、かしこまりました殿下」
ジョージさんは僕が離宮に来るときにお城から護衛を務めてくれる兵士さんの一人だ。
王城から離宮までの距離は短いけどそこは一国の王子様、道中は護衛の兵士さんをつけるのは必須。
僕が離宮にいる時はその護衛の兵士さん+常駐の獣人さん達30人がいる状態だ。
なので怪しい配達物はこうして見つかるたび、すぐさま兵士さんにお城に持って行ってもらってる。
王城の敷地内には色々な研究施設があって、その中には怪しいモノが届いた時の処理や分析をするところもあるんだ。
「それにしても殿下。一体何者があのようなものを送りつけてくるのでしょう?」
「王室に反抗的な貴族はいますからね。何人かこういう事をしそうな人は思い浮かびますが、現状では何とも言い難いです」
表向きは全ての貴族が王様に忠誠を誓ってる事になってる貴族社会。けど反王室派って呼ばれてる人達は、昔からずっと存在してるわけで……
「(僕の場合は特にルクートヴァーリング地方の領有の件だろうなぁ。僕を狙って嫌がらせとか何かちょっかい出してくる相手っていったら、あの件で関わってる貴族しかない)」
結局、アレも黒幕はまだ分かっていないけど、王国の領地を他国に売り渡そうと企んでたのを、僕が領有したことでその誰かさんの思惑を潰した形になったわけだ。
ただ、だからといってこんな短慮な嫌がらせをしてくるのには違和感がある。
「(売国の話は、兄上様達に少しも気づかれないほど水面下で進めていたみたいだし、そんな慎重でやり手な貴族が黒幕が、こんな半端なちょっかいを仕掛けてくるかなぁ……?)」
実害はあっても命を奪うとかそういう感じじゃない。やり口からは、アイツなんかムカつくから嫌がらせしてやろう、っていう小者感しか感じられないんだ。
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「そのメリブランシェ家の方や関係者が犯人ということはないのです?」
さながら探偵ドラマの犯人を推理するお茶の間の視聴者のように、エイミーは自分の推理を話す。
「殿下の邪魔をする……それか警告みたいな意味合いだと、私は思うのですよ!」
今にも “ じっちゃんの名にかけて! ” とか “ 犯人はこの中にいる! ” とか言い出しそうな雰囲気を醸しながら熱く語るエイミーだけど、僕は軽くお茶を一口喉に流してから首を横に振った。
「残念ながらそれはあり得ませんよ、エイミー。タイミングがあからさま過ぎますからね。メリブランシェ家の関与が疑われるような
そう、
貴族がやるには手口があまりに稚拙だ。
いくら差出人不明でもいつかは辿り着かれる可能性があるので、陰湿な貴族の意志が関わってるなら足がつかないように、それか足がつこうとも構わずに結果を出すため1度で効果的なことをする。
それこそ僕が何か月も寝込む、あるいは死んじゃうってレベルで1発で決めにくるはずなんだ。
「……もし貴族が関与してるとしたら、狙いは僕ではなくメリブランシェ家かもしれませんね」
本当にどこかの貴族家が関わってる場合、一番考えられるのは僕に害意を向けることで、メリブランシェ家に疑いの目を向けさせる間接的な誘導―――
メリブランシェ家を目の敵にしているような貴族がいて、最近僕の離宮にたくさんの届け物をしてるって知ったら、そこに危ないモノを紛れ込ませることで王家にメリブランシェ家を疑わせられる。
王家がその思惑に乗せられたらメリブランシェ家を追い詰める何よりの手になるし、犯人は安全圏でほくそ笑んでるだけで自分の代わりに王家が動いてくれるわけだから、まさに最高の手だ。
それなら害意はあっても致命的とは言い難い封筒の中身にも納得がいく。
もし僕が死んだり重傷を負ったりしたら事が大きくなりすぎて捜査が真犯人に届いてしまうかもしれない。
「まぁ犯人の誤算は、僕のことを可愛がってくれてる方々がどれだけ恐ろしい人達であるかを知らないことでしょう」
「あ、あははは……そうですね」
実際、僕に毒物を送りつけてきた不埒者を締め上げようと兄上様たちがすでに動き出してる。
しかも宰相第二妃のハイレーナさんと昨日お茶をご一緒した時にティティスさん経由で、母上様もそれはそれは恐ろしい笑顔を浮かべながら、毎日
こうなると犯人、そして黒幕にちょっと同情する。
でも同時に、敵に回しちゃいけない人達を動かすようなことをしたのも事実なので自業自得だとも思う。
僕の中に芽生えかけた同情心はすぐに消滅した。
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