第90話 令嬢達のブームが落ち着きます




 僕のお嫁さんアイリーンがアイアンフッドを倒した話は、貴族令嬢の間で良くも悪くも影響があった。




 いい影響としては、僕へアプローチしようという動きが少しまったりになったことだ。


『―――お子様をお腹に抱えていながら、あんなにお強くて凄い御方』


 僕と結婚するってことは、そのアイリーンを第一としたハーレムに入るってことだ。特に彼女の強さに圧倒されるような印象持ってる令嬢ほど、そのアイリーンと自分が席を並べることに萎縮してる。


「(もともと社交界で武芸を披露してるから、アイリーンの凄さは知ってる人は知ってるもんね)」

 そこに加えての魔物討伐話はかなり効いたようで、無理して僕にアプローチしようと思う令嬢は一気に減った。





 一方で悪い影響もある。アイリーンの事を逆方向に捉えた令嬢達が少数いたんだ。


『―――殿下の大事な御子を宿していながら、軽率に武器を取るなんてはしたない』


 特に貴族の一員として誇りを持ってるタイプの令嬢達にその傾向が強かった。


 アイリーンの強さがどうとか関係ない。王室入りしている妃たる女―――それも大事な大事な今代王家の初子ういごを身籠っている身でありながら何たることか、と怒りすら覚えているヒトもいた。


「(そういう令嬢達は、元からアイリーンの武芸披露には顔をしかめてたっけ)」



 ……ただ、もし令嬢達から新たにお嫁さん候補を見出すなら、皮肉にも有力なのは後者の方だ。

 前者はミーハー的で貴族家の娘としても言っちゃ悪いけどいまいちデキの悪いコが多い。だけど後者は、自分達の身分や立場に真剣で、貴族の一員たるものの在り方をわきまえてるタイプ。


 ハーレムの一員として、一生を共にしていくお嫁さんで信頼できるのはどちらかなんて、言うまでもない。



「(でも、その場合だとアイリーンみたいなタイプとは相性悪いだろうし、うーん……)」

 ヘカチェリーナあたりとも衝突しやすそうだけど、彼女は立ち回りが上手いからあんまり心配しなくていいと思う。

 あとはシャーロット。貴族の令嬢として誇りを持ってるってことは、貴族出身じゃないのに自分達と同列な同性には、思うところが出てきそうだ。


「(……うん、やっぱりないね。今のところ、彼女達の中から1人でも僕のハーレムに加えるのは無理だ)」

 その矜持は素晴らしいと思うけど、僕としてはアイリーンやシャーロットのように、貴族出身じゃないと揉める女の子はノーセンキューだ。

 今後、新しいお嫁さん候補を探す時は、まずそこらへんを許容できることが絶対条件前提で、相手を見るようにしよう。



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 とにかく、貴族令嬢達の僕へのアプローチ攻勢が一息ついて楽になったのは間違いない。

 ただでさえ精神をすり減らす社交場パーティ、少しでも楽な方がやっぱりいいもんね。


 さて、一番影響が大きかったのは、実はそんな令嬢達じゃあない。僕は2Fの廊下からそれとなく訓練場を眺めた。



「はい、腕が上がらなくなりましたね? そこからもう100回追加です」

「「「は、はひっぃ!」」」

 王室専任護衛の兵士さん達は情けない声をあげていた。彼らの腕がパンパンに膨らんで、赤らんでるのが遠目からでも分かる。


「(うわー、キツそう……)」

 王都からほんの少ししか離れていない新設小拠点の工事現場―――短い道中で遭遇したアイアンフッドは、アイリーンから言わせれば弱い魔物らしい。

 しかも大き目の個体とはいえたった1体相手に、護衛の兵士さん達が手間取った挙句、僕の乗ってる馬車への攻撃を許した事実は、結構な波紋を呼んだ。


 しかも護る対象の一人であるアイリーンが、子供をお腹に宿しながら撃退してしまった事も、彼らの不幸を加速させる要因になった。



「すっごく苦しいのは分かります。でも一度止まるともっと苦しくなりますよー、頑張って続けて。ほら、89、90、91、92……あともうちょっとー」

 限界突破訓練―――王様直々に承認されたトレーニングカリキュラム。


 アイリーンは指示を出してるけど、彼らの前でゆったり姿勢で座っている。

 かわりに彼女が選出した、兵士さんの中でも特に強い10人が監督役(監視役?)で訓練中の兵士さん達に随所で目を光らせてた。


「ひ、ひぎぃ……う、腕が……もげ、る……ッ」

「うぐぐぐぐ、く、くそぉ…、あいつら、うら……んで、やるう」

「あは、ははははっ、なんか一周まわっておれ気持ちよくなってきた、あははっぁ」


 簡単に言えば限界まで訓練した後に、さらにキツ~い特訓を重ねるっていうカリキュラムらしい。



「(確かに人間、もうダメだーってなっても本当に本当の限界まで、けっこう余力があったりするものだけど……)」

 いわゆる火事場の馬鹿力―――本当に命の危機に遭遇した時、ヘバったりしてられない。生物はどんなに疲労しても、命の危機に備えた最後の力っていうのがある。


 それすら見越しての猛特訓、なわけだけど……前世の知識がある僕から見れば、残念だけどちょっと効果はあまり見込めないと思う。


「(筋力にしたって負荷をかけすぎたら逆効果だし、何より休めている時こそ傷ついた筋肉が修復されてより強靭に作られるんだし……)」

 過ぎた負荷は身体を鍛える以上に、ボロボロにするだけ。

 もっと言えば、人によって筋肉のつきやすさには差がある。個人差を考えずにみんな同じようにイジメ抜いても、成長の度合いはバラバラのはずだ。


「(もっと言っちゃうとアイリーンの場合、スキルに恵まれてるからこそあの強さなわけで……もちろん本人も鍛えてはいるけども。だけど兵士さん達はソレなしで強くならなくっちゃいけないから、大変だなぁ)」

 僕は自分の手のひらを見た。


 もしかしたら僕のスキルなら、兵士さん達を確実に強くできる可能性もないわけじゃない。

 だけど……


「(この・・スキルは正直、軽々しく使いたくないし……うーん)」

 僕の生まれ持ったスキルは、アイリーンみたいに自分に作用するものじゃない。他人に影響を与えるものだ。

 だけど効果がすごく不安定。将来マイナスになる人物に大きなプラスを与えるような事になってしまう危険もあるので、僕は自分のスキルを一切使ってない。

 この辺はどうやら僕以外の人も同じみたいで、効果のほどはどうであれ、スキルについてはハッキリとしたことを他人に明かさない人はけっこう多いらしい。


 イザって時の切り札に、ヘンな相手に目をつけられないように、逆に警戒されないように……などなど、理由は人によって様々。


「(スキルとか異世界転生の基本だけど……考えてみたらそうだよね。何かの能力が常に自分にプラスしかない何てこと、現実じゃありえないもん。そう考えると一番良いのはアイリーンみたいな自分自身にだけ効果が働くパッシブスキルなのかもしれないな)」


 なんて事を考えながら僕は訓練場に向かう。そろそろアイリーンを拾って引き上げさせないと、護衛の兵士さん達が本当に死んじゃいそうだった。







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