第86話 彼方の戦地に違和感アリです





 実は兄上様には言わなかったけど、ゴーフル中将の令嬢からアプローチを受けたことで、僕はある疑問を抱くようになった。





「兄上様、国境の主力軍の調査は終えたのですよね?」

「ん? そうだ、その情報をゴーフル中将に突きつけ、先の大規模な軍の配置替えを実行した―――何か気になることでもあるのか?」

 宰相の兄上様に言っておくべきか迷ったけど、まだ言うべきじゃないと思った僕は、首を横に振る。


「いえ、その調査のきっかけは僕の話からでしたし、調査に当たった方々は無事に引きあげられたのかな、と少しだけ心配だったのです」

 より正確に言えばアイリーンとのお話がきっかけだ。

 (※「第76話 戦力の再編です」参照)


 国境防衛に当たってくれてる主力軍の兵士さん達には申し訳ないけど、実態に対して過剰だったんなら、戦力の間引きも致し方なしということで。



「(……もっとも、本当にまだ10万も必要なのかすら、怪しいんだけど)」

 僕が抱いた疑問。

 それは本当に・・・国境の外から・・・魔物達が攻めてきてるのかどうか。


 実際に現地にいって戦った事のあるアイリーンの話によると……


 『そういえば昔、国境の戦闘に参加した時も、魔物はそんなに数や質で押してくることはなかったです。たまーに重いのがありましたけど、本当にたまにでしたし』


 ……とのことだった。


 アイリーンが参戦したのは僕と結婚する何年も前だから、今と状況は違うかもしれない。

 だけど伝え聞いてる話じゃ、国境で外からやってくる魔物の軍勢の侵攻を防いでいるっていう戦いの構図は、もう随分と昔からのこと。

 おそらくこの国のほぼすべての人たちは、上も下も関係なく同じような認識でいるはずだ。


「(そこが奇妙なんだよね。本当に魔物の軍勢が昔からずっと攻め続けてきてて、10万以上の戦力が常に張り付いてようやく国境線を維持してる??)」

 お嫁さんアイリーンが話す雰囲気からは、そこまで緊張ある戦場じゃないように思える。

 けど広く伝えられる戦況は常々厳しいといわれていて、実際にこれまで対応に当たった兵士や将軍は多く死亡している。





 この妙な違和感に気づいたのは、国境に張り付いてる主力軍の指揮官であるゴーフル中将が、忙しい戦場にありながら自分の娘を僕にけしかけてきた事がきっかけだ。


 もしも、万の大軍であっても五分五分の戦況にあるというなら、そんな事を考えてる余裕なんてないはず。

 しかもゴーフル中将は人柄的に、政略結婚とかそういう貴族的な立ち回りは苦手な類の人間で、貴族の社交場でアプローチさせるなんて遠回しな真似を娘にさせようっていう事自体、違和感ありすぎ。


「(けど、もしも今の戦況がアイリーンのお話と同じような、ほどほどに余裕ある状態だったら?)」

 それを裏付けたのが兄上様が信頼できる部下を使って行った実態調査。結果として主力軍の4割以上にあたる8万の兵力を割いて王都に帰還させ、再編に回す事ができた。


 調査結果がどんなものだったのか詳しく知らないけど、これでもゴーフル中将以下、当該軍人たちが主力の戦力維持にとそれっぽい理由でもって抵抗した末に、双方で妥協した数字が8万―――ってことは、実際はもっと削っても問題なかったワケだ。


「(軍部が国内で自分らの影響力を高めるために、今まで国境での戦いについて嘘の報告や誇張をしていた? でも多くの将官や兵士さん達が死んでるのも事実なんだよね……)」


 どうにも腑に落ちない不明瞭な国境防衛戦線。


 そこにつけて先の戦いで国内にあらわれた3万という魔物の軍団だ。これは結局のところ、一体どこから湧いて出たんだろ?


「(……何か、僕の知らないピースがある気がする)」

 あるいは兄上様達や王都の大臣や貴族達も知らない、欠けてるナニかがありそうな気がする。



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  ・



 そんなモヤモヤを抱えながらも、僕は新しい行動を試みはじめた。


「殿下。この度は、当家のお茶会にご参加くださり、誠にありがとうございます」

 貴族の社交場パーティとまた違った、昼間のお茶会へのお誘い。これに積極的に参加する事にした。


「(これもパーティといえばパーティだけどね)」

 お茶会は、家族や身内だけで毎日のようにするものから他家との友情交流として行うもの。そしてもっと規模を大きくした、様々な貴族を招待するガーデンパーティのようなものまで、その形式は多種多様。


 今回、僕が応じたのは高位貴族の令嬢達が集うお茶会で、本来なら参加者は貴族令嬢だけの―――つまりは女の子のおしゃべり会だ。


 主催する男爵貴族家の当主が、娘より僕をお誘いしたいと是非にせがまれ、困った果てにダメもとで打診してきた。

 本来なら男かつ王族が参加するのは場違いに思えるけど、僕はこれに応じた。


 狙いは、大人の貴族達よりもまだまだ若い令嬢達は口が軽いと見込んで、貴族社会でのウワサや家々の間で飛び交う情報などの収集。


「この度は見目麗しい淑女の集いにお招きいただき、ありがとうございます」

 言葉にはしっかりと王侯貴族に相応しい誉め言葉や雰囲気を織り交ぜるけど、笑顔と態度はショタっこパワーを気持ち強めに。


 挨拶するだけで令嬢達はキャーキャーと騒がしい。まだ10代前半のコが多いから余計に素直な反応を見せてくれる。




 ―――言ってしまえば、よりお子ちゃまで脇の甘い令嬢である方が情報を引き出しやすい。

 僕には好都合だった。





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