第85話 お嬢様は親の道具です




 貴族令嬢たちが色めき立っている王都。



 だけど、ある貴族令嬢からのアプローチを受けた事がきっかけで、僕は王都外のことを考えていた。




「旦那さま、何をそんなに考え込んでるんです?」

 部屋で退屈し過ぎて駄々っ子寸前になってたアイリーンを中庭の散歩に連れ出しても、僕の頭の中はその事でいっぱいにのまま。


「……ええ、ちょっと気がかりなことがありまして。ゴーフル中将のお話は前にしたかと思いますが、覚えていますか?」

「はい、義兄あにさま方も煙たがっているっていうお馬鹿さんですよねッ」

 うん、まぁその……お馬鹿さんと来たか。

 (※「第76話 戦力の再編です」参照)


 アイリーンは時々おもしろい表現の仕方をする。迂遠な言い回しばかりな貴族社会で暮らしてるからこそ、直球な表現が新鮮でおもしろいって思えるのかもしれない。


「ええっと、そのゴーフル中将の御令嬢がですね、昨日のパーティで話しかけて・・・・・きたんです」

「! それって……」

 社交界は王侯貴族の集まりたる場。そこで自発的に誰かに話しかけるというのは、単なる世間話や挨拶という意味だけに留まらない事が多い。


 僕と結婚してそれなりに経っているからか、アイリーンでさえも近頃はその意味を何となく察せるようになってる。


「ゴーフル中将が僕を懐柔しにきた、という事なのかそれとも……ともかく色々と勘繰らざるを得ません」

 何せ、これまでは義理的な挨拶回りで、一言二言の会話しかしたことない相手。

 それが向こうから急に話しかけてきた―――それも他の令嬢達同様、僕の隣に立つ立場を狙ったアプローチが透けて見えるような、女としての視線と態度でもって。


「き、気を付けてくださいねっ旦那さま!」

「はは、もちろんです。アイリーンに心配されるほど、脇は甘くないつもりですから安心してください」

 アイリーンは今、社交の場には出ていない。まだまだ本人は全然平気で動き回れるのだけど、姿を現さないことで妊娠中の大事を取ってますアピールになる。

 そうすることで、僕こと王弟妃第一位としての格を示すことにも繋がるらしい。



「(本人は、苦手な科目の授業をずる休みできてラッキーって感じの女子校生っぽい雰囲気だけど)」

 お腹に子供を抱えてるはずなのに、目の前で噴水の水をすくっては盛大に身体を振るって周囲の花々にまき散らしてるその姿―――妊娠中の女性感はゼロ。


 あるいは戦士として鍛えてる分、これからどんどん身重になっていったって、普通の妊婦さんなら辛い部分も、全然平気だったりするのかもしれない。

 ……アイリーンならありえそうだ。


「(といっても、一応余計な心労は与えないようにしないとね)」

 僕の本当の懸念は、ゴーフル中将が何を考えて僕に娘をけしかけたのか、じゃない。


 何故このタイミングで僕に……なのかだ。








「―――それは確かに、妙な動きですね」

 王様の執務室には兄上様と僕の二人きり。


 久しぶりに時間が取れた兄上様おうさまに、僕は遠慮なく相談する。宰相の兄上様に相談しにいったら “ 兄者が元気になる ” からと言ってこっちに回された。


「はい、軍の再配置やそのために主力から兵力の引き抜きをした直後です。今、ゴーフル中将は、王室もしくは保身に傾いた貴族や王都の軍部に不満を抱いてるはずです」

 僕とは直接的な面識や会話もほとんどしたことがないから、逆に懐柔の目があると考えたのかもしれない。

 そこに加えての、最近の貴族令嬢達の僕へのアプローチが増えてる流れに乗っかっり、自分の娘をけしかけた可能性は高い。


 けど王弟の僕には国の政治への影響力がない。仮にゴーフル中将の令嬢をお嫁さんに迎えたって、せいぜい王室に少しばかりのコネクションが出来る程度だ。

 再び自分の率いる軍の戦力を増やさせるとか、都合のいい政策を通しやすくするだとか、政治的なメリットはゼロ。


「娘を差し出して先の件のお詫びに―――というつもりでもないでしょうしね」

 兄上様の意見に僕は頷く。


 もしそんなマメなことをするのなら、社交場パーティでアプローチさせるなんてまどろっこしいことはせずに、お詫びの言葉を添えて娘を娶ってください、って直接言ってくるだけで足りるはずだ。

 そもそも、そんな罪の意識を持つような人なら素直に現職を退くと思う。あのゴーフル中将はぜったいにそんな殊勝な性格じゃない。



「それと、もう一つこの件で僕はおかしく思った事があります。話しかけてきた御令嬢は、ゴーフル中将の三女・・でした」

「! ……それは、また奇妙な話になりましたね」

 別に何番目の子供でも、王室に嫁に出そうとしちゃいけないなんて事はない。

 けどゴーフル中将の娘さん達はまだ長女ですら・・・・・嫁ぎ先が決まっていなかったはず。これは貴族間の世間話で聞いた情報だ。

 貴族は家同士のコネクションが重要だから姻戚に関係する話題は特に多くて、しかも正確、まず間違いない。


「(なぜ長女じゃなく、三女を王室の人間に当てようと思ったのか? 考えられることは……)……挑発、ということでしょうか?」

 お前なんかウチの長女をくれてやるまでもない、という意味を含んでいるのだとしたら挑発以外の何物でもない。ただそれはそれで違和感がある。


「あのゴーフル中将に、そのような気の回し方が出来るとも思えません。可能性はないわけではないでしょうけれど……」

 あの将軍は、どちらかといえば貴族的な嫌がらせや腹の探り合いとは正反対の人間だ。

 もし悪意があるなら直接バシンとぶつけてくるタイプ。




 ―――不気味。


 それから数日間、僕はらしくない動きを見せたゴーフル中将に、ずっと気持ちの悪い何かを感じ続けた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る