第75話 僕たちは王家を担う兄弟です




 兄上様への謁見を終えた後、僕はいつもの執務室にたくさんの資料を抱えながら乗り込んだ。




 戦い終わってお城に戻ってきたばかりだけど、ゆっくり疲れを癒しなさいっていう兄上様たちの配慮を受け取った後、くつろぎの時間を使って一気に必要なモノをまとめあげた。


 そして今、それを兄上様達に読んでもらっている。


「………、これは」

「フム、確かにな。こんな事に気付かなかったとは……我々も城での政務漬けで視野が狭くなっていたやもしれぬな、兄上」

「あるいは知らず知らずのうちに、貴族達に毒されていたのかもしれませんね、お互いに。……ですがよく気づきましたね、誰かに教わったのですか?」

 僕は普段、政務にそれほど深くかかわっているわけじゃない。だから兄上様の疑問はもっともだ。決して僕を侮ってるとかじゃなく、素直に驚いた様子だった。


「いいえ、兄上様。確かに今回の戦いでは、僕をサポートしてくれる周りの方々が大変優秀で、戦地における様々なことを教わりはしました。ですが僕がその事に気づいたのは、彼らが何を成すにしても必ず僕を通す、その上下関係の在り方を意識したからです」

 だけど、その事に気づいた一番のきっかけはヘカチェリーナの一言だ。



 ――― 割とヤバい状況なんだよね? ソレで援軍要請に応えないのって、それはそれでヤバい話でしょ? それってどうなの、かなりの・・・・事なんじゃないの?? ―――

 (※「第63話 迫る戦いの強風を感じます」参照)



「(あの時は、まだ理屈の域でしかなかった。けれど今は、実際に最前線の主力が、国内で死闘を繰り広げてたセレナ達に一人の兵士さんすら援軍に送らなかった事実がある)」

 そう、王国軍主力が何のために国境にへばりついているのか? その仕事は魔物を国内に入れないためだ。それは何故かといえば、この国を守るため・・・・に他ならない。


 にも関わらず、王都に危機が迫る状況にあったというのに、僅かな戦力も出さなかった……これは致命的だ。


「(逆に、もし100人とか200人とかでも送ってきてたなら言い訳もできたはず……でも実際は0、完全に言い逃れは不可能)」

 国境に張ってる主力の兵士さん達の人数は十分。そこから極少数たりとも出せない、なんていうのはおかしい。

 仮にそんな状況に陥ったのなら、それはそれで緊急として王都に報告してこないといけない。

 だけど今回は―――


「―――ちなみにゴーフル中将から、何か報告は来ていましたか?」

「いや、まったくない。こちらからの援軍要請にも応じなかった……兄上よ、これは決定だな」

 そう、援軍を1人すら出せないほど緊急の状況にあったわけでもないのに、王様からの援軍要請に応じなかった―――これじゃゴーフル中将の言い分は通らない。

 王都にいた自己保身の塊な貴族達も、今回ばかりは彼を庇う人はいないはず。


 だけど、ここで安直に呼び出して地位や権限を取り上げようとするのは少し危険だ。


陛下・・宰相閣下・・・・。僕からゴーフル中将のことについて、お願いがございます」

 二人の兄上様がビクリと全身を震わせて、そして目を見開いた。

 いつもは " 兄上様 ” と呼んでる僕が、わざわざ二人の立場に沿った正確な呼び方をしたこと―――その意味が分からない二人じゃない。


「……、何か? 申して見なさい」

 兄上様おうさまが王様の顔になる。僕が切り出そうとしていることが、相応に重いものだって理解してくれたから、普段の甘い兄の顔を潜めてくれた。


 真剣に聞く姿勢になってくれて、僕は心の中で感謝する。


「ゴーフル中将に何かしらの処遇・・・・・・・をお与えになる前に、手足を削いでおくことが絶対に必要だと考えています」

 最初、二人は僕の言おうとしてる事を半分理解できない様だった。

 何かしらの処遇というのは、権限・身分の剥奪などの処罰を意味してるのは理解できているけど " 手足を削いでおく ” って言い回しにピンとこない―――そんな感じだ。


「(うん、やっぱりね。兄上様達は、ゴーフル中将が主力を率いて反旗を翻すことについてはあまり考えてないっぽい)」

 まるっきり考えてないわけじゃないとは思うけど、まさかそんな、で止まっていて現実味を感じてないのだろうか。


 兄上様達の考える最悪は、ゴーフル中将を取り巻く貴族なんかの、今後の人間関係での確執レベルの話。

 軍を用いて王国に攻め込むなんていう、いわゆるクーデターに発展するだなんて想定してないに違いない。


 人間同士が軍事力で直接戦争する―――おぞましい話で、ないに越したことはないけど、その経験がない世界で最初にそういう事態に直面するとしたら、とても危うい。

 何せ想定してないってことは、備えがないってことなんだから、攻められた側はあっさりやられちゃう。



「……」

 ほんの数秒。

 僕の言っている意味を考えてた宰相の兄上様が何かに気づいて、そして驚愕と恐れが入り混じる表情にかわった。


「……中将が、軍を掌握し、この王都に向ける……」

 僕を見ながらポツリと呟く。

 だけどまだどこか、そんな事が本当に起こるものなのかと疑ってる感じだ。


「(うん、仕方ないよね。人同士が戦争するなんて常識から外れた事、荒唐無稽な妄想にしか思えないだろうし)」

 前世でいう天動説と地動説の話みたいなものだ。

 一度こうだと人々に信じられてしまうと、たとえどれだけ真実を叫ぶ者がいても、人々はその者を頭のおかしい狂人としか思わない。


 でも真実を叫ぶ方にも問題はある。

 ただ声高らかに多くの人々に叫ぶんじゃなく、真実を真実と証明するものを揃えて、聞き入れてもらえるところからじっくり話すべきなんだ。


 常識のカラを打ち破るにはとことん納得してもらうしかない。そこで手を抜いちゃいけない、どこまでも丁寧にやらなくちゃダメだ。



「そんなこと、常識的に考えてあり得ない―――でしょうか、宰相閣下?」

「! ………」

 疑問を投げかける。相手が今どう考えているのか想像がつくなら、あえてストレートにそれをぶつけて、本当にそうだと思いますか? って問いかける。


 これが欲深いだけの頭の悪い、すぐ感情的になってしまう低レベルな貴族あたりなら、頭ごなしに否定するだけ。


 けど兄上様たちは頭がいい。それに冷静沈着だ。


 僕の言わんとする “ 最悪 ” が、たとえ自分達が想定していたさらに先のものだったとしても " そんなまさか…… ” で考えるのを止めたりはしない。





 そしてこの日。

 執務室で僕達王家の3兄弟による密談は、今後の方策を一つ導きだした。




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