第56話 覚悟を決めた丸に角はありません




 そして、夢の中でまで悩んで出した答えは―――





「ウァイラン卿。僕は貴公に、このルクートヴァーリング領における “ 名代領主 ” になっていただこうと考えています」

「!!? みょ、みょみょ、名代でございますかっ、このわたくしめが!??」

 昼食後、アイリーンがヘカチェリーナにウァイラン邸の案内へと連れ出されたタイミングで、僕は彼女の父であるコロック=マグ=ウァイラン氏をバルコニーに連れ出し、二人きりでこの重大なお話を持ち掛けた。




 名代領主――――――それは本当の領主の代わりに領主を務める者のこと。


 今いる “ 領有代行者 ” があくまでも統治者不在は困るからと、仮置きされた現地駐在人レベルでしかないのに対し、名代領主は領主としての権限のほとんどを行使可能。

 実質的に99%領主といっても過言じゃないくらい、その地のあれこれの恩恵を受けられる立場になるので、下領のウァイラン家にとっては大出世も大出世だ。


 もちろん、何の条件もなしにまかり通る話じゃない。この地を狙ってる貴族たちの反発は激化するだろうし、悪いこと考えてるどこぞの黒幕さんも黙ってない。


 なので……


「その代わり、御息女をこの僕の専属メイドとして差し出して・・・・・いただきたい」

 ほんの少しショタ気を失せさせた、僕なりに王室の人間としての迫力を言葉に含める。するとオロオロアワアワしていたウァイラン卿は、ハッとした様子で動きを止めた。


 貴族の子息が、上位貴族や王室に侍従の立場で仕えるのはよくある話。


 後継の長男や他家へと嫁ぐ事が宿命づけられてる長女を除いて、それ以外の貴族子息にとって格上の御家に奉公するのは、現実的で有望な将来だ。


 男子なら執事になるのが最良で、女子なら家のトップに近い者の傍務め、専従の世話役が最良の就職先。さらに女子の場合だと、その家の長や世継ぎの子供に見初められて側室にでも入る事が出来ればより最高だ。


「(ヘカチェリーナは長女だけれど、下流の貴族家なら王室にメイド入りするのは長女でもおかしな話じゃない。むしろ下手な貴族家に嫁に出すよりもよっぽどいい話だ、王室から色々と便宜を図ってもらえる可能性が出てくるから)」

 もっと言えばウァイラン家が置かれてる現状を考えると、一人娘とはいえ王弟付きのメイドに出す事で、将来は側室入りの可能性も開けてくる。


 もちろんそんなホイホイとメイドから王家の一員にスライドできるわけがない。


 けど、そこで効いてくるのが名代領主の話。だから僕は敢えて " 差し出して "という言葉を使った。

 それは将来、僕の側室になる前提という意味を含んでいるし、他の貴族達に対しては、名代を任せる上でのウァイラン家に対する人質・・としてのポーズにもなる。




「……わ、私めが殿下の御代わりを務め上げ、そのおん功績でもってその……娘が殿下に御嫁ぎする、と……そのような御運びと??」

 さすがに地方の貧乏貴族といっても貴族は貴族。僕の言いたいことをしっかりと汲み取ってくれた。


「はい、その通りです。……家格の問題で、何ら条件なしに御息女をもらい受ける事は出来ません。ですが貴公が王弟・・である僕の領地を代わりに治めることの意義―――それがどれだけ大きな事かはお分かりいただけますよね」

 そう……まだ内定ではあるけれど、このルクートヴァーリングの領主は僕になることが決まってる。

 つまりこの地方は事実上の王室直轄領になるんだ。その治政を僕に代わって務め挙げるという事は、王室業務の一部を代行する者という事でもある。

 その功績はもちろんのこと、名誉もことさらに大きい。


 いくらウァイラン家が下流貴族であっても、王室を支える家の令嬢として、王家に嫁入りするのに認められる理由としては十分なはずだ。



「僕はまだ二十歳に満たない王家のおのこです。領地をいただきましても、その地に腰をおろして領主としての務めに専念する事は出来ません。名代領主はどのみち立てなくてはいけませんでした」

 ルクートヴァーリング地方を領有したからといって、僕がこの地に居を移して領主仕事に励む―――ということはない。


 王弟である以上、僕の住まいは今しばらくお城のままだ。なので名代領主として任命する相手を決めておかなきゃならなかったんだけど、今回はその事を利用した。


「(他の貴族達だって、お城で御役目持って務めてる人達はみんな、自分の領地には名代を置いてるしね)」

 もし、誰ともなく名代を決めないでこの地の領有の方が先に確定してしまったら、それこそ数多くの貴族達が自分をぜひ殿下の名代に~、と押しかけて来て政治的な混乱が起こったに違いない。



 ヘカチェリーナの嫁入りの道筋もつけられてまさに一石二鳥。これ以上の手は今の僕には思い浮かばない。




「お、お話は分かりました。素晴らしいと思います。で……ですが、私めなんぞにその……で、殿下の名代が務まりますでしょうか?」

 この手を実現する最後の問題、それはウァイラン卿の政治手腕だ。ルクートヴァーリング地方に古くから根差している家柄とはいえ、長らく小さな領で細々とやってきたウァイラン家。


 いきなりその10倍以上の広さ、しかも懸案や問題も少なくない地を任せられて、コレをまとめられるかは不安だろう。

 しかも王弟である僕の名代だ。彼の失敗はそのまま僕や王家にも泥を塗る形になってしまうので責任も重大。


「大丈夫です、貴殿とお会いし、お話を聞き、僕は確信いたしました。ウァイラン卿であれば、きっと僕の代わりを務めあげる事ができる、と。ですからぜひともお願い致します、これは貴方がたウァイラン家の未来を明るいものにする事にも繋がるはずですから」



 人生には、大きな賭けを伴う勝負の時がやってくる事がある。


 もちろんリスクはあるけれど、その波を乗り越えて勝負に勝ったなら、一気に飛躍の時が来る。


 彼にしてみればまさにこの件がその勝負の時だ。上手くいけば、ウァイラン家は地方の片隅でくすぶっていた歴史から脱却し、一気に華開く。



「………かしこまりました、殿下。どのみち当家は潰れゆく危機にありましたゆえ、このコロック=マグ=ウァイラン……子々孫々の世代のため、ひいてはこの国の未来のためにも、そのお話、謹んでお受けさせていただきます」



 これで決まりだ。けど、そうなると次は僕の方に問題がある。


 ……このルクートヴァーリング地方の領有を確定させること。貴族達の反発を押し切って、話が取り消しにならないように頑張らなくっちゃいけない。


「(よし、頑張るぞっ。早速、兄上様に手紙を出してこの事を伝えなくっちゃ)」






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