第四章:王弟くんは賜り貰う
第46話 猫メイドの全てを貰います
秋らしい風と、落ち葉がお城の庭に積もり出した頃。
僕は一つ、大きなものをもらえる事になった。
「……と、いうわけでだ。前々から望んでいたかの土地の所領をお前に移管する事となった。伴って “ 領主 ” の立場が与えられる」
お城で大事に育てられるだけだった僕にも、ようやく僕自身の意志でどうこう出来る大きな “ 力 ” が1つ手に入る。
けれど宰相の兄上様の言いようはなんだか暗い。僕は何かあると思って素直に喜ばず、兄上様のお言葉を待った。
「だが、そのことに異を唱える者が現れてな、対応に苦慮している……もしかすると取り消しになるやもしれん。ぬか喜びになってしまう前に、その事だけは伝えておく、覚悟はしておけ」
それを聞いた僕は別に驚かなかった。むしろやはり、といった感じだ。
そもそも今回の、王室の人間である僕個人の私的な領地所有のお話というのは事実上、王室直轄地の誕生を意味する。
王国の領地はすべて、法的には王様の持ち物だけれど、現実にはこの王都を除いたほぼ100%が貴族達に分け与えられ、領有されてる形になってる。
建前上は、国全体の政治に忙しい王様にかわって、忠誠を捧げる貴族達が各地を治めるっていう話。
けど実態は、各地は領主をつとめるそれぞれの貴族達の庭状態。
自分の領地で好き勝手やってるもんだから、それぞれ領地によって法律や税率は違うし、酷いとこだと貨幣まで独自のものを流通させてたりして、他領とのやり取りに民が困っているところもあるとか。
「(貴族達にとって国内の土地を自分達が治めているというのは一種のアイデンティティでもある……王家との力のバランスとかそういったお話も絡めてくるのは完全に建前だ)」
本来なら貴族に領地を委託して様々な権利・権限を認めるのは、王様が独裁に走って国が滅んでしまうような事態になるのを抑制する意味があるらしい。
だけど悪い考えの貴族が領地を持ったら、王様がまともでも自分の土地で悪政を働いてしまうわけで……
「(結局、王様でも貴族でも、悪さする人が出てくれば悪影響は変わらないんだよね……で、都合のいい時だけ普段は気にもとめてない形骸化した建前を持ち出してきて王室に反対すると)」
今回の件で難色を示した貴族達の言い分はまさに、王室が直接領地を持つなんてことはこれまでも認められていないタブーだ! って感じで反発してたらしい。
「ベーラン男爵が後ろ盾についた、一部の貴族達の反発が激しくてね……これを抑えるのはなかなか難しいかもしれないんだ、ゴメンね」
王様は強い権限や権利を持ってはいるけれど、だからって何をやってもいいわけじゃない。
国家というものを回すためには人がいる。その人が王様に従わないで仕事をしなくなったら国は回らなくなる。
だから王様には、貴族の言いなりにならず、かといって無視して独走的にならずと、すっごく難しいバランスを求められるんだ。
「(それにしてもベーラン男爵かぁ。あの人、確実に悪徳そうなのにそんなに影響力持ってるだなんて)」
以前、クララのお父さんに縁談を持ち掛けていた貴族男性。臣下として何かしらの職についてはいなくって、普段はお城に来ることもないような、いわば政治の外にいるはずの人物だ。
なのに間接的ながら介入してこれるだけの影響力がある――――――
「―――嫌なお相手ですね」
「うむ、お前も重々気を付けろ、弟よ。あれは一種の魔物のようなものだと思え」
・
・
・
とりあえず内定はしました。でも阻止しようと動いてる人々がいます。
「……と、そんな感じだね、今のところは」
「その人はそんなに強敵なんですか、
お城の中庭でのんびりしながらアイリーンとエイミーに、領地獲得の件を伝える。僕に移管される土地というのは他でもない、エイミーの故郷のことだから。二人には聞かせておかないといけないお話だ。
「もうしわけありません、殿下……私めのために陛下にまでご心労とご負担をおかけしてしまい―――ふぎゅ?」
僕は手の平をエイミーの口元を当てて、それ以上の言葉をさえぎった。
「謝るのは違うよ、エイミー。元々あの土地は他の貴族達も狙ってたんだ。でも狙ってる人達の顔ぶれは、新しい領地を得て私腹を肥やす目的の貴族ばかり……エイミーの事がなくったって、兄上様達はあの土地を巡って貴族と駆け引きをしなくっちゃいけなかったんだよ。元からね」
エイミーの故郷はこの王都に比較的近い、北東の一角。
立地だけでなく土壌も気候も良くって、代々王様の信任厚い人が領主を務めてきたっていう王室とも関係の深い歴史あるところでもある。
だからなのか、エイミーの父が亡くなったすぐ後から、あの土地の所有を巡って貴族の間で政治的な争いがあった。
そんな状態だから、あの土地を正式に領有する者を王様が任命するまでの間、多くの制限が課せられた “ 領有代行者 ” という形で、今は治める人間が次々と入れ替わってる。
「王弟の僕が治める事になるのは、僕にとってだけじゃなくって、兄上様達にとっても一番望ましいことだったし、ようやくここまでこぎつけられたんだけど……」
最終的な落としどころとして僕に与えることは兄上様達にとっても一番の理想だ。王室の人間預かりになれば、貴族たちはおいそれと欲しがることはできなくなってしまうから。
しかも二人は王様と宰相、領地経営なんてやってる暇がないくらい忙しい地位にある人達。
今はただの王弟という立場しかない僕が、あの土地を引き受けるのが最適なんだ。
「でねアイリーン、エイミー……今日はね、二人にお願いしたいことがあるんだ」
「旦那様の頼みごとでしたら何なりとっ、ね! エイミーちゃん!」
「はい、もちろんです。……それで、そのお願いしたい事って何でしょうか??」
正直、この手はもう少し先にしたかった。
けれどここはしっかりと決めておきたい。今後の僕の大事な地盤となる場所だから、絶対に確保しておかなくっちゃならない。
だから政治的に利用するような形になって申し訳ないけれど……僕は決意する。
「エイミー、いよいよだよ。キミが僕の、2人目のお嫁さんになってもらう時がやって来たんだ」
「……。……え、ふぇええっ!??」
猫獣人の可愛らしい耳がピンッと立った。アイリーンも驚いた様子で僕とエイミーを交互に見る。
そう、僕は完全に手に入れる。エイミーの故郷をエイミーと一緒に。
この件で誰にも文句を言わせないために僕は、正当な前領主の娘であるエイミーを、ついに第二夫人へと迎え入れると決めた。
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