第47話 式の楽屋は意外とドタバタです



 結婚式が終わった直後―――エイミーは心ここに非ずって感じで虚空を見つめたままボーっとしてた。


 身に着けてる真っ白なウェディングドレスは、前世のとはデザインが違う。



 まず顔以外で露出してる部分がない。首までしっかり純白で覆われて、髪もぜんぶ覆い隠されてる。


「(白無垢……じゃなくて、魔法使いのフードっぽい?)」

 猫獣人のエイミーに合わせて、頭頂部が猫耳形状になっているのがとっても可愛らしい。

 上半身は彼女の体型にピッチリと張り付いた余裕のない感じ。純白の中に、まるで彼女の身体を拘束するかのような印象を受けるラインが刺繍されてる。


 これは結婚相手に自分の全てを捧げるという意味があって、王家の側室になる女性のドレスには必ず刺繍されてるものなんだとか。



「(そういえば、アイリーンの時は普通に想像した通りな雰囲気のウェディングドレスだったし、もっと露出あって豪華なデザインだったっけ……序列は大事ってことかな)」

 特に二人のドレスの差として顕著なのが下半身部分。エイミーのはものすっごく広がりのあるスカートだ。

 そのアウトラインは、前世の記憶にあるお寺の釣鐘みたいに、腰から早々に大きく外へと伸びてカーブしていき、一気に床めがけてストンと落ちてる。


 内側には仕掛けがあって、ワイヤーを仕込んだガーターベルトから細い支柱が伸びていて、このスカート独特の形状を支える構造になってるらしい。


「(脚の動かし方次第じゃ、簡単に形崩れするようにワザとそういう造りになってるとかどうとか……。式の参列者にみっともない姿をさらさないよう、新婦の気を引き締めさせるらしいけど……)」

 もしもアイリーンがこういうドレスを着て結婚式をしてたら、スカートの形状はそれはもうスゴイ事になっていたかもしれない。





 やっぱりアイリーンを最初にお嫁さんにしたのは正解だったと僕は苦笑しながら、緊張がほどけて頭が真っ白ですと顔に書いてある二人目のお嫁さんエイミーの傍に歩み寄った。


「おつかれさまでした、エイミー。これで今日から僕のお嫁さんですね」

 何だかんだ言っても王室でメイドとして働いてそれなりに長い。礼儀作法に問題はないし、式も楽にこなしていた。


 けれど当然緊張はする。僕の語りかけにも口がアワアワ動くばかりで言葉がうまく出てこないようだった。


「落ち着いてエイミーちゃん。はい、これでも飲んで!」

 この結婚式で、アイリーンは意外にも甲斐甲斐しくエイミーの世話を焼いた。

 実は式の最中も、カーテンの向こうとかで嫉妬からキーッてなったりしてないかなぁとかちょっぴり心配だった。


 でも、どうやら考えすぎだったらしい。お嫁さんとして先輩って感じの雰囲気で、自分の結婚式の時を引き合いにしながら、ずっとエイミーをサポートしていた。



「(同じお嫁さんだって言っても序列は決まってるし、身近に多くのお嫁さんを持ってる兄上様もいたし、僕にお嫁さんが増えたからってそれで嫉妬するのは、むしろおかしいかもしれない)」

 王弟の正妃として僕のハーレムの長を務める事になるから、アイリーンはこれからも、しっかりとお嫁さん後輩たちを統率していかなくっちゃいけない。


 なら今後の人間関係を考えると “ 自分一人が受けていた寵愛なのに……ギギギ ” みたいなのはありえない感情だ。


「(ある意味その方がリアルかもしれない。前世の恋愛モノとかだと、波乱万丈の物語にする都合上、女性キャラクター同士がエグい嫉妬やいがみ合いが当たり前に描かれてたりするけれど、現実はそんな事してらんないよね)」

 身分、立場、関係性、社会、交流、家族関係……


 物語にあるような設定が現実にも反映されたら、きっと全てが回らなくなる気がする。

 それほど現実は複雑怪奇な世界なのに対して、物語っていうのは思いのほかシンプルな世界――――――似通ってはいても、本質が真逆なほどかけ離れているこの2つが交わる事は絶対にないことなんだ。


「(……うん、あんまり前世の創作物のお話は参考にしすぎないようにしよう。ヘンなところで致命的な間違いをやらかしかねないし)」




 エイミーが落ち着いてきたのを見計らうと、僕は一度忙しなく動いているアイリーンに話しかけた。


「アイリーンもおつかれさま。1日中、よくエイミーのサポートをしてくれましたね」

「はい、旦那様! ですがまだこれからですっ、次は “ 御披露式 ” がありますし!」

 フンスと鼻息が荒い。すごく気合いが入ってる。


 御披露式は、前世の披露宴とは少し異なった催し事セレモニーだ。

 アイリーンの時も行ったけれど、内容としては宴会じみたものじゃなく祭事感が強い。


 まず新郎新婦が並んで人々の前に姿を現すのだけれど、その時は大きな祭壇の上に立つ。会場には飲食物はなくって、椅子もテーブルもない。


 披露する相手は親族や友達じゃない。自由に出入り可能な一般の人々だ。


「(披露宴じゃなくて、兄上様が王位即位した時にバルコニーから国民に手を振ったアレに近いかも)」

 そこで改めて結婚が成立したことを、結婚式をつかさどった神父か、身分や立場が新郎より上位の人(僕の場合は兄上様たち)のどちらかが高らかに宣言して、場がワーッと盛り上がる感じ。



「あ、私もそろそろ準備しなくちゃです! すみません旦那様、エイミーちゃん、一度席を外しますねっ」

 今回は側室なので、ただ披露するだけで終わらないらしい。僕の正妃にあたる女性としてアイリーンが、エイミーを側室と認定する儀式が追加されてるんだ。


 なのでアイリーンも専用のドレスを着用するのだけれど、それがまたエイミーのウェディングドレスに比べて、とても目立つ豪華なデザインになってる。パッと見て着るだけで大変そうだし、1歩でも歩くのにも苦労しそう。


「(どこまでも序列は大事、と。前世だと結婚式はお嫁さんが主役! みたいな感じで、参列者とかは着ちゃいけないデザインだとか色だとか、暗黙のルールみたいなのがあったっけ……うーん、本当に世界が変われば行い方も違うんだなー)」

 新郎の僕は何気に一番楽チンかもしれない。式が終わっても、服の表面を軽く払って乱れを整え直されただけで、辺りを行き来してるお世話の侍従さん達は、ほとんどがエイミーとアイリーンにかかりっきり。


 僕についてる数人はお茶を差し出したりする程度で、ちょっと暇そうにしてる。


 なんだか今度は僕の方がやる事なさすぎて、ボンヤリとしてきてしまった。





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