第29話 家族は僕に構いたいようです



「………」

 目の前の兄上様は頬を膨らませている。

 そして執務机の上に片肘をついて、お行儀の悪い態勢をとっている。


「……え、えーと兄上様、いかがなされたのですか?」

 王様なのに不機嫌な子供みたいな態度を、わざわざ僕を呼んで見せてくるのはどういう事なんだろう? 正直戸惑いしかない。




「……最近、母上と組んで何か楽しいことをしてると聞きましたよ?」

「! あれ? 兄上様はご存知なかったのですか??」

 てっきり話はいってるものだと思ってた僕は、傍に控えてるもう一人の、宰相である兄上の方を見た。


「兄上には私が黙っておいた。秘密裏に事を運ぶべき話は知る人間が少ないに越したことはない……覚えておくといい」

「は、はぁ、お教えありがとうございます」

 要するに、王様である兄上様にはお話をわざと通していなかった、と。


「あれっ?? それじゃあ今回はどうして―――」

 どこから、兄上様の耳に入ったのか?

 すると宰相の兄上は眼鏡のズレを直すその手で、そのまま額を抑えながらため息をついた。


「母上だ。お前に頼られていることを自慢したかったのだろう……確信犯だな」

 それを聞いて僕は、肩から衣服がズレ落ちそうな気分になった。


 もともとお茶目というか若々しい母上様ではあるけれど、かといって今進めているお話がどういう性質のものか分からないような暗愚な女性じゃない。


 母上様が、知らなかった兄上様にわざわざ自慢したということは、すべて分かった上で問題ない範囲と判断した上でお茶目した、ということ。



「母上よりもっと身近なこの兄を頼ってくれてもいいでしょうに…ブツブツ…」

「(えーと、つまり兄上様は拗ねてる、ってこと?)」

 次男で宰相の兄上は国のあらゆる治政に事細やかに関わるので、僕と母上様が進めてる隠密性の高い王室直属組織の編成については、もちろん僕から報告して理解と承認をもらっている。


 てっきりそこから王様である一番上の兄上様にも話がいくものだと僕は思っていたのだけれど……


「 “ 秘密裏に事を運ぶべき話は知る人間が少ないに越したことはない……覚えておくといい ” 」

 はい、この兄上も確信犯です。

 お話がいってなかった理由を求める僕の視線に気づくとご丁寧にもう一度、一字一句まったく同じように返されましたとも、ええ。


「(国を治めるのにすべてを王様に報告しなくっても大丈夫だっていうのは僕にも分かるけれど……)」

 これは政治うんぬんというより、むしろ家族内のお話だ。


 なんだか兄上様だけ除け者にされてるような感じ……なるほど、お拗ねになるのも仕方ないのかも―――フォローが必要っぽい。



「申し訳ありません、兄上様。てっきりお話がいっているものと思っておりました。ですが兄上様は一国の王様です。とてもお忙しい身ですので、兄上が無理をさせないようお耳にお入れにならなかったご様子……どうかお気を悪くなさらないでください」

 スラスラとよどみなくべられた僕の口上に、宰相の兄上は “ ほう ” と驚きを交えて感嘆かんたんした。


 この辺の成長は、クララに付き添ってもらって積極的にいろんな貴族交流を頑張ってきたおかげかも。



  ・


  ・


  ・


 王様の執務室から自分の部屋に戻ってきた僕は、ベッドの上に身を放り投げるようにして転がった。


「はー、びっくりした。まさか兄上様が拗ねるとか」

 容姿も性格も、穏やかで線の細いイケメン男性が、子供みたいに拗ねる。


 世の女性達が見たら萌える姿なのかもしれないけど、一国の王様なわけだから弟としてはもう少し堂々としていて欲しいかも、とかちょっぴり思ってしまう。


「(でも “ 身内でも立場は弁えねばならん! ” みたいな厳しいお家よりは全然いいかなー……それにしても母上様、ああ母上様よ)」

 多分なんだけれど、母上様と兄上様は似た者同士なんだと思う。

 僕を可愛がってくれるどころか、積極的に構いたがる節が二人ともあるし。


 僕を挟んでの同族嫌悪―――もとい、同族競争とでも言うような静かな張り合いが、あの二人の間にはあるのかもしれない。



「……まあ骨肉の争いだとか、相手を追い落とそうとしたり危害を加えようとしたりするような感じじゃないから、いいんだけども」

 家族で殺しあいだとか、ドロドロした人間関係とかはゴメンだ。それに比べれば破格の家族関係。うん、僕は恵まれている。


「仲が良すぎて、末弟の僕を可愛がろうと巡ってうんぬん、っていうのも不思議な話―――ってあれ? 孫をどっちがより可愛がるか競争するおじいちゃんおばあちゃんの図式かな、これって?」

 そう考えるとものすごくしっくりきた。


「(それならもっと色々頼ってもいいかもしれないけど、なるべく僕自身でどうにかしていきたいから、あくまでも切り札って考えておかなくっちゃ)」

 構いたい側にしたら、頼られるのはものすごく嬉しくて幸せなこと。だからそういう相手には素直に頼るのがいいっていうのは分かる。


 けど、一度頼り出しちゃうとそれ前提にことが組み上がって、その上に結果や成果ができちゃう。


 一時的なことならそれでもいい。けど、継続的に続けて行かなくちゃいけない事だったらどうだろう?


 これから先、いきなりその頼りになる誰かや何かが無くなってしまったら? 組み上がった仕組みは崩壊して、それまで手に入れられた結果や成果も受けられなくなる。


「(うん、やっぱり出来るかぎり自力で何かとやっていけるよう、頑張ろう!)」



 これから先もずっと僕と僕のお嫁さん達、そしてまだ見ぬ未来の家族たちのためにも、僕はもっともっと頑張っていかなくっちゃ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る