第24話 幾重にも意味がある社交界です




 色々と準備を前に進めていかなきゃいけない―――その一つに、僕は挑む。



「いやはや、殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう……」

「ありがとうございます。ケインツ男爵もご壮健のようで何よりです」

「おや。殿下に名を覚えていただけているとは、これは光栄にございます」

 通常、いくら良く知った相手でも、挨拶ではお互いにまず名乗るもの。

 けれど、僕(王弟)とケインツ(男爵)のように身分の上下がハッキリしている間柄だと、上位者が下位者の挨拶に先んじて相手の名前を出すことには大きな意味があるんだ。



「(上に名前を覚えてもらう、っていうのはすごく大きくって、前世の世界の感覚じゃ考えられないくらいに意味をもってる)」

 名前というものは個人の尊厳や、なんだったら魂が宿っているものと言ってもいいくらい誰もが重く受け止めてる。


 それが常識的な社会では、身分差ある上位者に名を覚えてもらうことはものすっごい名誉。

 有力者に対して “ 覚えを良くする ” のは、前世社会の名刺交換レベルなど足元にも及ばないくらいに重要なんだ。



「ご機嫌麗しゅう、クルリラクララ=フィン=エイルネストです」

「ご機嫌よう、エイルネスト嬢。ハーネウス=サイ=カイラニアですわ」

 少し離れたところでは、僕のお供で一緒に社交場パーティーに入ったクララが、20代中ごろくらいの女性と挨拶をかわしていた。


 さすが慣れている。所作にも口上にも澱みがない。


「(いっつも僕にトロットロのデレデレになってる女の子と同一人物とは思えないくらいにピシッと決まってるなぁ)」

 愛でてる時のクララの様子を思い出し、あまりの違いに思わずニヤけそうになるのを我慢。

 僕も僕で大人の男性陣の中に切り込んで、頑張って挨拶と交流をかわしていった。

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「おお、殿下。わたくしめの名を憶えておいでとは」



「殿下に覚えていただきくださり、光栄の至りにございます」



「いやはや、名をご存知いただいておりましたとは、これは恐悦至極」


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 もちろん挨拶を交わす全ての人を事前に覚えてきたわけじゃない。色々と調べて、僕に有益になると思える相手だけにしぼって、顔と名前をおぼえてきたんだ。


 全ての貴族とコネを結べないし、結んじゃいけない相手だっている。


 彼らにしたって僕とコネを結ぶのは自分にプラスがあるからで、そうじゃない相手とは距離を置き、だれかれ構わず愛想を振りまかないのは当たり前―――それがこのパーティーが始まる前に、クララから受けたアドバイスだった。


「(僕とコネを結ぶとプラスがないどころかマイナスになる人もいるらしい、って聞いた時はちょっとショックだったけど、考えてみると当然かもしれない)」

 貴族達には派閥的なものがある。


 僕とコネを結んだ人といがみ合ってる別の派閥があるとして、当然そこに属している貴族は僕とはコネを結べない。

 そんな事をしたら仲間からに睨まれるからマイナスになるというワケだ。


 つまり王弟である僕自身に問題があるんじゃなくって、僕と繋がりある人との対立関係が問題になるんだ。



「(中には反王室派なんていうのもいるみたいだし、気をつけなくっちゃ)」

 みんなで仲良くしよう、なんていうのは完全に幻想。このドロドロとした裏側ある貴族の社交界とは、正直縁遠いものでいたかった。

 けれど僕の味方を増やしていくために、いつまでも避けていちゃダメだ。


 むしろ出遅れてるくらいだろうし、頑張らなくっちゃ!!




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「ふう、そうはいってもやっぱり疲れるものは疲れる――――あ、クララ。お疲れさまです、ご婦人方との交流は終えたのですか?」

 貴族爵の男性陣との会話に一区切りつけ、飲み物テーブルのそばで休息していた僕のところに、クララもやってきた。


「はい、目ぼしい・・・・方との交流は済ませましたわ。殿下の方は上手くいきまして?」

 彼女の場合は、エイルネスト家に有益な相手とだけ交流を深めるわけだけれど、それでもやっぱり大変みたいで、クララは飲み物テーブルの上のグラスを一つ取っては、すぐに口へとはこんだ。


「ええ、問題はありませんでしたよ。…クララのおかげですね」

「んん!! そ、そんなことは、と、当然のことをしたまでですわっ」

 飲んでいる最中への不意打ち―――笑顔で彼女の顔に迫ったのは、僕流のちょっとしたお茶目だ。



「(クロエの影響かな、つい意地悪したくなるんだよね)」

 顔を真っ赤にするクララがおもしろ可愛くて、つい隙があれば色々としたくなっちゃう。


「そ、それに私も…その、ごにょごにょ…で、殿下のお供を務めて…ごにょごにょ」

 そう。クララは別に、僕の社交界サポートのためだけに供だってもらったわけじゃない。


 今回彼女を伴って社交場に参加したのは、彼女が僕という王弟の傍に立つ女性であると示す意味もあった。

 クララの父エイルネスト卿もすでに、娘が僕に嫁ぐ方向でことを運んでくれているみたいで、今日のこの随伴役の話も簡単に首を縦に振って認めてくれたらしい。




 ……ちなみに今回、アイリーンは伴ってきていない。


 主催者が貴族でも中の上程度の者で、社交場としては王室の者が参加するにはやや格が低いんだとか。


 でも、だからといって露骨に王家ゆかりの人間が誰も参加しないのは、やはり問題がある。そこで王弟の僕一人だけが出席することで義理を果たし、王弟妃のアイリーンは伴わず、その代理としてクララ指名され、僕の付き添いで出席する形を取った。


 もちろん、王弟である僕のパートナーを務めるわけだから、誰でもいいわけじゃない。それなりに特別・・・・・・・な女性でないといけない。



 つまりクララは、僕にとってその特別な女性であると示す意味が、今回の社交場への参加には含まれていたんだ。




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