第21話 世界の脅威を復習するのです




 僕はこの日、魔物に関する書物を読んでいた。



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 この世界は中世ヨーロッパ風の雰囲気がある。


 けど貴族社会は現実離れした絢爛豪華けんらんごうかさできらびやかなものなのに、庶民の厳しさは現実以上。


 ―――その理由は、魔物の存在にあった。


「(いままでの話からすると、ゲームのような甘い感じじゃない…)」

 魔物は日常的に人の生活地域に危害をあたえ、国境付近は特に危険らしい。


 切り裂かれ、えぐられ、半分になった死骸などが当たり前に転がってる死の町や村がたくさんあると言うし、たとえ国境から離れた比較的安全なところでも、魔物による死者が1人もでない日はないのだとか。



「(そんな世界なのに貴族社会がこんなに平穏でキラキラしてるのは…)」

 本来、下々から税を吸い上げることで、富貴を享受できるのが上流階級の人たち。

 世の中がこんな状況じゃ、貴族が貴族らしい財力や権勢を維持するのは困難なはず。

 だけど皮肉なことに現状は、その魔物たちのおかげだったりするらしい。


「――彼らから採取できる素材や品は、人間社会には驚くほどの恩恵をもたらしている」

 たとえば王宮のシャンデリア。一度灯せば10年は明かりを放ち続けるという輝石が使われてるのだけど、それは討伐した魔物から採取される素材の一つだとか。


 もちろん品質はピンキリで最上級のモノが王家に、上等なモノは貴族たちにもたらされる。


 他の国がどうかは知らないけれど、この国では魔物から取れる素材を献上することで税の免除や褒賞金が出る仕組みがあるとか。


 なので戦う力がある者は、当然のように戦場に糧を求めて武器を手に取り、そうでなくとも家の税を免除してもらいたいと、魔物に立ち向かう者もでてくる。




「(けど、RPGみたいに簡単お手軽に弱いモンスターから倒していって、レベルアップしつつー、なんて現実じゃあり得ない……)」

 遭遇する魔物の強さはゲームに例えるなら、最初の1戦目からラスボスがいる地域の雑魚に遭遇するのが当たり前のような感じっぽい。

 こんぼうとぬののふくを装備したLv1村人が、ドラゴンに挑む、っといったところだろうか?


 武器をとって初戦から無傷で勝利できる人間は、戦才に秀でていると言われる中でもさらに極めて稀にしかいないとか。

 つまり、この世界の人間という生物は基本、かなり弱い存在だ。


「(それでも人が社会を作り、国を作ってこうして生きていられる環境を維持できるのは……)」

 その極めて稀な例――――僕の身近だと正にアイリーンなんかがそうで、彼女ほどでなくとも突出した戦才の持ち主は少数でも確実に世に出てくるみたい。

 そうした人々は最初から強大な魔物と渡り合う何かを持っていたりする。


 アイリーンのような強力なスキル保持者であったり、異常な身体能力であったり、やたらと優れた仲間に巡り合える幸運を持っていたり……




「(甘やかしはしないけど、絶望だけを与えもしないって感じなのかな……)」

 この世界の神様が、何を考えて人の在り方を定めているのか分からないけど少なくとも、ただ魔物に蹂躙されるだけの存在として用意したわけじゃないんだと思う。


 実際、魔物の存在は人間にとっていくつか有益なこともある。


 一つは人の繁栄に利する採取物。そして、もう一つ大きな利は、きっと人々自身にその自覚はないのだろうけど、人間同士で争うという概念がなんとこの世界ではとても薄いことに、つい最近気づいた。


「(個人や少数の小競り合いとか、権力争いだとかそういったもめ事はあっても、国家間戦争だとか民族紛争だとかは、どんなに歴史書を紐解いてみても記録が見つからない……)」

 理由は簡単。そんなことしてたら魔物に滅ぼされるだけだから。

 第三者の脅威があるからこそ、争ってなんかいられないというわけだ。



「(もし魔物の脅威がなくなったらその時は分からないけど。……そう考えると結局、人間は武器を取らずにはいられない生き物なのかな)」

 哀しいことだけれど、真実だと僕は思う。


 もしかしたら、そんな人同士の争いを見たくなくって、神様は魔物の脅威をこの世界に置いたのかもしれない……なんて事を考えてたら、書物を読み終えてしまった。





「もしも、ただ人間が蹂躙されるだけの世界だったら、そんな世界に生まれ変わらせてくれた神様に、これは何のイジメですかって嘆くところだよ……」

 パタンと分厚い本を閉じると、ちょこっとだけ僕は安心した。夢も希望もない世界じゃなくてよかったという安心。

 だけど今度は疑問がわいてくる。

 

「(もしかして、僕がこの世界にこうして前世の記憶を持って生まれ変わったのには、何か意味があるのかな? 神様なりの理由が……まさか世界を救えとか、そんな話はさすがにないよね)」

 チート能力を何も持たない僕。

 もし大それた使命を与えるつもりなら、もっと凄いスキルとか能力を与えて生まれ変わらせてくれるはずだ。

でもそんなものはないのだから、そうじゃないのだと思う…ううん、思い込むことにする。


「……僕は変わらず、安全・安心・安泰な将来を目指す。救世主が必要なら、そういう人を別で用意してくれるよね、きっと」

 僕はそう信じてる。ううん、信じたい。

 そんな勇者とかがするような使命、僕の立場と能力を考えればまずありえないはず。

 だから当初の目標どおり、ただひたすらに僕の周りを固めるハーレムを築く。そこはブレないし、ブレるつもりはない!



 ペシンッ


「……よーし、これからも頑張るぞっ!」

 僕は軽く頬をたたいて、自分の目標を再確認すると、改めてそこに進んでいくことを誓った。





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