第二章:ハイソサエティの水面下

第16話 猫撫でて側室めとります



 ある日の夜、僕は兄上様に会談の時間を作ってもらった。



「ふむ、それは僕も気にしていた事だけれど……驚いたよ、そこまでしっかりした事を考えられるようになったんだね。成長は喜ばしいけれど兄としてはちょっぴり寂しくもあるかな」

 現王である兄上様は、温和で穏やか。いつもニコニコしている印象があるけれど、これで凄く強い芯を持っていて、まったくブレない性格をしてる。

 兄上様を利用しようと悪どい考えを抱いてる貴族たちから “ 頑固者 ” と陰口を叩かれているのを見た事があるくらい、頼もしい王様だ。


 それでいて僕を今でもよく可愛がってくれる。なので僕がお願いすると、こうしてお話する時間を快く設けてくれた。



「(本当ならもう夜伽の時間だけれど、兄上様にはまだお相手がいないし…)」

 歳離れた弟の僕にはもうお嫁さんがいるのに、現職の王様である兄上はいまだ独り身。

 なので兄上様を突き崩す隙はそこしかないと、日々多くの貴族が自分の一族や息のかかった女性をぜひ妻にと競うように薦めてくるとか。


 けれど、兄上様はそんな浅ましい人達すら利用していると、僕はつい最近気づいた。


 王様に対して多くの臣下は、様々な思惑や自分の利益のことを考えて接してくる。

 でも兄上様は聡しく賢い。あえて結婚しないことで、そんな者達を炙り出すだけでなく、互いに争わせる状況を作った。


 こうすれば彼らは同輩の貴族や権力者を出し抜こうとするのに忙しく、兄上様へと悪意の矛先を向ける暇もなくなる。

 なので兄上様自身は、争いの輪から時々抜けてくるお見合い写真を適当に見てスルーし続けていれば、臣下たちの愚かな勢力争いに巻き込まれない。


 その隙に王様としての基盤をかためる。それが揺るぎないものになった後でお妃をどうするかを考えればいい。


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「(一国の最高権力者に行き遅れなんてないもんね…それなら逆に歳を取ってからの方が、若いお嫁さんをもらえる事になって嬉しいかも)」

 兄上様とお話した数日後、僕はとある場所に向かう馬車の中で、そんな事を考えていた。


「旦那さま、旦那さまっ! ホラ、湖が見えてきましたよっ、綺麗ですねー!」

 アイリーンは大はしゃぎだ。機嫌もすっごく良くてとても二十歳前には見えない。周囲が明るくなるような、魅力的な子供っぽさが感じられる。


「あの…殿下。私めもご同行してもよろしかったのでしょうか?? 本日は、ご夫婦水入らずのお出かけでございましょう?」

「なに言ってるのエイミーちゃん。人数が多いほうが楽しいに決まってるじゃない、ほらほらエイミーちゃんも外みて外っ♪」

 ようやく僕と毎夜、夜の営みをするようになったのでここひと月あまり、お嫁さんのテンションは毎日とっても高い。

 長年の溜まりに溜まっていたものがなくなって、なんだか必要以上に若返ってる気さえする。


 ただ人づてに話を聞くと、欲求不満が解消されたアイリーンは、今度はこのハイテンションの勢いのまま、結構ムチャな訓練を兵士さん達に強いてるらしい。


「(どっちに転んでも気の毒なことになる運命でした、と思う事にしよ……なんだかゴメンなさい)」

 日々大変な思いをしている兵士さん達に合掌すると、対面でキャイキャイはしゃぐ二人の様子をそれとなく観察する。


「(うん、やっぱりエイミーは大丈夫そう。アイリーンは元々誰かに嫉妬するような性格じゃないと思うけれど、念のために確かめておかないとね)」

 人間、どうしても相性というものがある。

 僕がいずれハーレムにと考えている女の子たちと正妻にあたるアイリーン。この両者で相性に問題があると困る。


 なので今回のお出かけは、アイリーンとエイミーの相性や仲のほどを改めて僕自身の目で確かめる目的もあった。


「(前々から仲が悪くないのは知ってたし、まずは無難なところからっていうのもあったけど……)」


 お出かけ理由はもう一つある。こちらは主にエイミーに関係する話だ。



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「………こ、こ…は……。で、殿下、この場所はっ??!」

「うん、そう。エイミーの故郷だよ」

 今回のお出かけ先は他でもない。猫獣人の父親が治めていた、エイミーが生まれ、そして悲劇にあった地。

 その彼女の生家跡が見える見晴らしのいい丘の上に、僕たちはいた。



「ど、どうしてこのようなところに……」

「………。僕はね、エイミーは僕のモノだって思ってる。だから、エイミーの全部は僕がどうにかするんだって決めてたんだ、ずっとずっと前からね」

「!! で、殿下、そのようなことは―――」

 エイミーの口を指で押さえる。そして僕は、何が何やらよく分かってないホケーっとした表情でこっちを見ているアイリーンを見返した。


「アイリーン。僕はね、たくさんのお嫁さんを得ようと思ってたんだ。もうずっとずっと昔から……それこそアイリーンと出会う前から考えてたんだ」

「ええええ?! そ、そんなぁ…」

 自分だけが愛する妻のポジションでいられない事に、彼女がショックを受けるのは想定内。黙っていても、どうせ次のお嫁さんを娶る時にはなることだから気にしない。


「僕は王弟だからね。将来はあまり安全じゃない仕事に就かなくちゃいけないかもしれない……だから僕は、僕のことを守ってくれて、僕と一緒にいてくれるヒトをまずお嫁さんにしたかったんだ。だからアイリーン、幼いあの日、君の事を人づてに知ってすぐに興味を持った。そして僕の、一番目のお嫁さんとして君を選んだんだよ」

 そう言って僕はニッコリと微笑む。それだけでアイリーンはボンッと音が聞こえそうなほど一瞬で赤面し、恥ずかしそうに俯いてゴニョゴニョ呟きだす。


「それでエイミー。キミもいずれお嫁さんにする気でいる。ずっと側で仕えてくれた君は、僕のことや僕の身の回りのことを良く知ってくれているから。………だからアイリーン。僕は、エイミーの過去を全て清算してあげたいんだ。そのために君の力も貸してもらいたい……ダメかな?」

 そこまで聞いてアイリーンはハッとした。彼女は王弟の妻としてはダメダメで、取り柄と言えばその美貌と武力だけ――――そんな自分を頼りたいという事がどういう事なのか、そこまで察する事ができないほど馬鹿ではない。


「もちろんです、旦那さま! 不貞の輩や危険なお仕事は、私が全部引き受けますっ。旦那さまとエイミーちゃんには傷一つ付けさせやしませんっ」

 自分の得意分野で頼りにされる。それはどんな人間でも最大級に嬉しいこと。

 しかも肉体関係も得て僕の愛を実感し、精神的にも充実してる今のアイリーンなら決して僕の言葉を後ろ向きに捉えることはないだろうと確信していた。


 エイミーも、周囲にここまで言われてはノーとは言えない。色々な感情の宿った涙をこぼしそうな真っ赤な顔で僕の腕の中、何度も頷いてる。


 これで、エイミーは完全にお嫁さんアイリーン公認の側室に内定だ。そして、近いうちにエイミーの故郷を僕のものにし、彼女の地位を誰にも文句を言わせない形で取り戻す。

 そうすれば、エイミーを娶る際には立場の問題もなくなる。この流れは兄上様も了承済みだ。



 僕はハッキリと見えたこの絵図を形にするため、自分の意志で大きく動き始めたんだ。




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