第06話 脱がせてあげられないのです



「では、我が旦那さま、お休みなさいませ」

「うん、おやすみアイリーン…チュッ」

 ほっぺにキス。それが寝る時の挨拶だ。

 その瞬間、僕のお嫁さんの顔はこれでもかってくらいにデレデレにとろけた。


 軽いほっぺキスだけでそんなに幸せな気分になってもらえるのは嬉しいけど、なんだか申し訳ない気持ちにもなる。




 アイリーンは結婚した日からずっと全裸で一緒に寝てる。僕はきっちり寝巻きを着て、アイリーンに抱きしめられながら眠る。

 それが僕たち夫婦の夜の当たり前となってから、もう2年。


「(うーん、本当はもっと踏み込んだ関係になりたいんだろうなぁ…僕だってアイリーンが嫌いなわけじゃない。もちろん、いつかはって思ってる…)」

 けど今、アイリーンには身重になってもらいたくない。

 この前の魔物退治の見学の時、肌で感じた身の危険の感覚……。


 僕もあれから剣や馬の練習に以前よりも真剣に取り組んでる。けど、とてもじゃないけど、1年や2年で戦えるだけの何かを身に着けられるとは思えない。


「(だって…)」


『―――それ以上は危険にございます、今日のお練習はこのくらいで…』

『―――殿下になんて事をさせるのですか、不敬でございますよ!』

『―――このような獣に乗る必要などございません、ささご無理をなさらず…』


 周囲にいる従者たち。みんな、僕をこれでもかって甘やかしすぎるんだ。おかげで僕のやる気だけが空回りして、満足な練習ができない。



 自分の部屋で一人くつろげる時間を使って、何とか筋肉トレーニングだけはしてるけれど、それもうっかり誰かに見られたりしたら……


「(うん、ぜったいに止めさせられるよね。それで一人の時間も誰かお目付け役を付けられる事になったりして…はぁ~ぁ)」

 秘密の特訓も楽じゃない。

 こんな調子じゃいつまで経ってもアイリーンに、僕のお嫁さんとしてするべきをしてもらえない。



「………」

 ふと顔を伺うと、アイリーンはもう寝息を立てている。うん、やっぱり可愛いし美人だ。とても名のある戦士とは思えない。


「(どうにかして、もっと戦えるようにならないと……それとも戦えるヒトをもっと味方に引き入れる?)」

 少しずつではあるけれど、僕は僕の手足となる仲間を増やしつつある。

 でも、いろんな状況に対応するためにいろいろな方面の・・・人たちを幅広く集めなくちゃいけないから、多くが僕と同じように戦いなんてまったく出来ない人ばかりだ。


 イザという時はアイリーン1人に頑張ってもらって、僕の全てを守ってもらう―――――いくら強いって言ったって、それは無理過ぎる。


 かといって、新しく戦える人材を獲得するのも簡単じゃない。アイリーンは実力も見た目も良かったからこそ、僕は迷わず彼女をお嫁さんにするという手を打った。けど…


「(他の女戦士の人は、うーん、やっぱりちょっと……)」

 見た目には戦力として頼もしいのだけれど、それこそアイリーンのようにお嫁さんという立場にして引き込むのは、僕個人の好みの問題だけの話にとどまらない。


「(王弟、という立場は僕だけじゃなく、現王やその宰相の兄上様たちにも配慮しなくちゃいけない……。アイリーンをお嫁さんにする事を許してもらえた理由の3割くらいには、やっぱり彼女の見た目も理由にあっただろうし……)」

 見た目で人を決めつけるのはよくない。

 けど人の見た目というものは、僕たちのような王侯貴族にとってはそんな綺麗ごとではすまされないんだ。


 一瞬、一目、一拍。


 それで全てが判断されてしまう。僕個人の身だしなみはもちろん、僕の取り巻き――――従者やお嫁さんたちの見た目やたたずまいが、ひいては兄上たちの評判にもつながっちゃうんだ。

 例え、僕個人がどんなに良くってもそれが許されない世界。



「(……王子さまや貴族って、大変なんだなぁ)」

 庶民は夢見るかもしれない。けれど、それは都合の・・・良い部分だけしか見てないから。

 でもそれは、僕らにも言えることかもしれない。


 一瞬、庶民の方が気楽でいいなぁと思いかけたけれど、前世の記憶を辿ればいい事ばかりでないのは、僕はよく知っていたじゃないか。身をもって経験したじゃないか。


 ・

 ・

 ・


 考え続けて、さすがに眠たくなってきたので、僕は考えを結んだ。


「(………。うん、なんとかしよう。なるべく早く。それでアイリーンにもはやく、僕の赤ちゃんを生んでもらえるようにしようっ)」


 僕だけの戦力――――守護の力、アイリーン。


 そんなアイリーンの支えになる力を、その時・・・には彼女に代われる戦力となる力を。


 僕はこのときから、僕だけのためじゃなく僕と、僕のお嫁さんのための未来を守るための考えを、本格的にはじめたんだ。




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