第42話 母上様のお話です
意外なことに、母上様は今でも男性貴族からモーションをかけられるらしい。
当然、それは浮気へのお誘いなわけだが、いくら見た目が若いといっても3児の母親で、一番上は二十歳越えの息子たちを持つ女性。
どんな観点から考えたって、まずあり得ないこと。
「それでもねぇ~、しつこい人は世の中に数える程度にはいるものなのよ~」
まず皇太后という地位にある女性を口説こうという時点で、極刑ものの自殺行為。父上様が厳しい性格でなかった事に、言い寄る男性たちは感謝すべきだ。
それでなくとも身分と立場ある子供がいる女性。加えてチョメチョメ歳……よっぽど母上様にゾッコンなのか……千年の恋というものなのかは知らないけれど、相手の男性は相当に奇特だ。
「(恋愛感情以外で考えられる意味があるとしたら、スキャンダルを起こすためとか? 王室を混乱させたりするための悪意ある一手としたら……少しは分からなくもないけれど)」
それでも仮に、万が一に母上様がそういった計略に引っかかったとして、果たしてどれだけの効果があるのだろう?
父上様がすでに兄上様に王位を譲られて、そこそこ時間も経つ。影響力はあっても現役を退いた父上様や母上様に実権はない。貶めたところで王室は二人を切り離すだけで事足りてしまう。
もっといえば、そういうスキャンダルが発覚した時点で、相手も地獄行きになるのは言うまでもないこと。
何かの企みを持って母上様を堕とそうなんて、現役の正妃の頃だったならまだしも、皇太后の今となっちゃ分の悪いギャンブルすぎる。
「(もしかすると、母上様そのものを崩すためとか? もしそんな事になったら確かに僕は少し困るかもだけど……)」
適当な男をあてがってスキャンダルを起こさせ、母上様を自然な流れで亡き者ないし影響力を無くさせるとか、そういう謀略の可能性もあるとは思う。
けど、それで企んだ人が得られるものは、随分とリスクに見合わないように思える。
「(考えすぎかなぁ? 純粋に母上様を “ ずっとお慕い申しておりましたー ” とかその程度なのかな)」
分からない。
母上様に異性として近づこうとする意味がまったく見えてこない。いくら僕がまだ14歳だからっていっても、それはこの世に生まれてから経過した年数だ。
意識と記憶、そして経験や知識は遥か大人のそれがあると自負しているけれども……
「(前世じゃ男女の色事には縁なかったもんなぁ……。その辺の
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――――――××年前。とある貴族屋敷のパーティー会場。
『この度は、王とのご結婚がお決まりになったとか……おめでとうございます』
腰に添えられたダンス相手の男の手がスススと上にスライドし、彼女の胸の下部辺りにその親指の背を付けた。
『ありがとうございます~。……その手は一体何のおつもりでしょう~?』
ポヤ~とした世間知らずの女と甘く見られているのか、彼女には前々から
内心でまただわと思いながらダンスを継続しつつも、靡かない態度で男の意をかわす。
けれど、男も勝負のアプローチに出た以上は簡単に引き下がらない。
『良いではありませんか? 決まったとはいえ、まだ本当に結婚したわけではないのですから……今のうちだけですよ、一夜の熱いお遊びが出来るのは。はるか歳上の王では、楽しませてもらえるは果たしてあと十年とありましょうや?』
そう
『ご結婚後も私めが、王では務めきれぬ貴女の微熱を解放して差し上げられましょう、ぜひとも……』
男は実に上手い。ダンスの振り付けに合わせて、周囲からは決して不自然に見えない要所要所で言葉と身体にアプローチをかけてくる。
が、いくら深窓の貴族令嬢と言ってもその性格や気性はピンキリ。甘く妖しい誘いに惑い、頬を染める
『お誘いは丁重にお断りいたします~。
ニッコリと微笑んで男からスッと離れる。
そして
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・
「そのような事をして、あとで恨まれたりしなかったのですか?」
貴族にとって、恥をかかされる事は何より許せないこと。
いくら王の妃とはいえ、逆恨んで何か仕返しをしようと企んでも不思議じゃない。けれど母上様はにっこぉと満面に微笑んだ。
「クスクスクス……その方でしたら私が結婚した後、
僕はその語り草からすぐに理解した。
母上様は父上様に話したのだ。そういうアプローチを受けたことを包み隠さず全て正直に。
貴族は、たとえ誘いに乗らなかったといってもそうした淫らな誘惑を受けたということ自体を恥じる場合がある。
なのでそういった事があったってことは、多くの場合は隠そうとするんだ。令嬢なんかは特に。
けれど母上様は、隠そうともしなければ後ろめたさも感じる事なく、詳細に父上様にお話したのだろう。
それこそ王の
「人々や世の中を “ 外側から ” 観察するのよ~。そうすれば、結構簡単にいろんなことが分かるものなの~、ウフフフ♪」
貴族の性質、社交界の闇、権力や地位の意味、世情。
この世の多くを人々と一緒にじゃなく、その外に立って眺める。母上様は深窓の貴族令嬢だったから、それこそ幼いころから世間を、狭い温室の中から眺めてた。
だから隠すこともしなければ正直に話すことにも躊躇いがなかったんだ。世の常識では恥に思うところだけれど、そう思う必要がなくて、それが一番正しくて後に残らない最善の方法だって気付ける才能が出来てたから。
「(母上様にはかなわないなぁ……)」
話を聞きながら僕は、頼もしい母に恵まれて本当に幸運だったと心から思った。
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