第02話 王弟だけど弱小です



 お嫁さんの名前はアイリーン。明るい赤にオレンジが混じった、燃えるような髪のポニーテールを揺らす女戦士だ。




「どうした、その程度で私から1本取れる気かっ?! もっと激しくぶつかってくるがいい!!」

 僕のお嫁さんになった事で彼女は日中、お城の兵士さんに訓練をつける “ 練兵師 ” という職務を与えられた。

 お城に住めるだけじゃなく自分の領分のお仕事まで――――庶民の出の彼女には破格の好待遇だ。



「ぬるいっ! 腕に力が入りきっていないじゃないか、剣はこう振るんだっ!!」


 ドバキャァッ!!


 相手の木刀をへし折って何メートルも先まで吹っ飛んでいく相手。一回りは大きい男性の兵士さん……この訓練風景だけ見たら、あの兵士さんが弱いのかと思ってしまう。


 けど、本当はそうじゃない。


 お城の兵士さん達はすごく鍛えられてるんだ。1対1で同じ人間を相手に負けるなんて、まず考えられないくらいに。


 そう僕のお嫁さん、アイリーンの方が桁外れなんだ。

  ――――森のヌシと呼ばれる広域巨体な怪樹木の魔物、ドリアドラン。

  ――――要塞の防壁を一撃で破砕する一つ目巨人、サイクロップス。

  ――――火山の溶岩を雨のようにまき散らす大蛇、マグマヴァイパー。

  ――――嵐を巻き起こす有翼巨椀の奇岩精霊、ストームアームス。


 ……いずれも1万人規模の軍隊でもって対策にあたるような、訪れる場所に災厄をもたらすと言われる巨大な魔物たち。


 それを彼女はたった一人で討伐してきた。

 世間ではジャイアントキリングで有名な、英雄級の女戦士なんだ。



「(そして、兵士の皆さんが厳しく当たられてるの、半分くらい僕に原因があるんだ…ごめんね、みんな)」


 結婚してから1年。

 毎晩一緒に寝てはいるけれど、僕はお嫁さんにはまだ――――夫婦の営みというものを、一切行っていない。


「(これも僕のため…。彼女が欲求不満で兵士さん達に当たり散らすのは心苦しいケド、その分強くなって兄上様のお役にたってね)」

 僕は合掌する。


 兵士さん達はこの1年間、化け物みたいな強さの彼女相手に毎日のように吹っ飛ばされていた。




 …じゃあ、なんで彼女とそういう事をしないのかって?

 単純に僕が、まだ9歳だというのは理由じゃない。



 僕は弱い。立場も、身体も、何もかも………


 先日、現王に就いた長兄と、先王である父はそれはもう僕を可愛がってくれているし、ちょっと厳しくて怖そうな次兄も、何だかんだで僕に甘い。


 けれど三男の僕が可愛がられているのは、いまはまだ9歳だからだ。大きくなってくれば、話は違ってくる。



「(一番上の兄様は王様、二番目の兄様は内政の宰相……)」

 僕の希望としては一番安全で、立場的にも問題のない文官の重役あたりになれれば安泰かな、と思ってた。

 けれどそこにはもう次兄が就いている。王子…ううん、今は王弟おうていと呼ばれる身になった三男の僕は、おそらく軍部のお偉いさんが将来のポジションとして望まれる事になる。王家に連なる者で国のトップを占めるのは重要なことだから。


 でも…


「(一番危険だと分かってるし、僕のスキル・・・じゃ、戦いごとには向いてないし……)」


 この世界には技術スキルの仕組みがある。…ただ、それは生まれ持った分だけで、後で新しく身に着けたりできない。


 僕もスキルは1つだけ持っている。…でも何かの役に直接立てられるようなものじゃない――――――ある意味、王族らしいスキルといえばそうなのかもしれないけど。


「(ちなみに家族には、僕のスキルについては嘘をついた)」

 たった1つしかないスキル。生まれ持ったといっても、他人からはそうとは分からない。

 自我が芽生えてから自分だけわかるから、どんなスキルなのか本人に教えてもらうしかない。


 僕は僕を守るため、念のためにその説明を家族にする時、嘘をついた。


 今はよくても将来はどうなるか分からないし、家族以外が僕に害意を持つかもしれない。話して自慢するよりも秘密にしておいた方がいいと思ったんだ。



 …どうして幼いうちからそんな風に考えられたのかって?


「(それは僕が、前世の記憶を覚えている転生者だからなのです…って、誰に説明してるんだろ)」

 その事に気が付いたのは4歳のとき―――――ちょうど自我がハッキリしだした頃だった。


 最初は混乱したけれど、王様の子供として衣食住に困らないところに生まれ、将来に不安はなさそうだと安心した。


 けれど、いろいろと分かってくるほど、僕の立場はぜんぜん安泰じゃないって気付いたんだ。



「一つは、三男だということ。兄上様が次期王に就任したばかりだから、僕が王様になるなんてことはまずないし。二つめに生れ持ったスキル……生きて行くのに直接何かの役に立ちそうもない」

 もっとも、スキル前提に考えなければ努力次第でどんな道も切り拓けると思うんだけど、ここでも王弟おうていという立場が、なかなか邪魔をしてくれるんだ。


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「まぁ、いけません。ここは貴方様のようなお方がお見えになるところではございませんわ。ささ、侍女メイドとお庭をご散策でも……後で庭園のテラスの方にお茶とお菓子をご用意いたしますから」

 この通り、自由に行き来できる場所が制限されてる。当然、自由に城から出て外へ行くなんてもってのほかだ。


「(そして三つ。このまま何もせずに毎日過ごしていったら、待っているのはお飾り将軍の地位だということ)」

 それでも危険がないのであればよかった。


 けれど、もし大きないくさが起こったら、王の名代みょうだいとして戦場へ出なくちゃいけない……大将役として。



「(しかもその確率はとっても高い。だってこの世界、魔物とかが普通に軍を作って攻めてくるとかだし……)」

 今日も王国軍の一個師団が、国境に出現した魔物の軍勢と戦うために出撃していった。

 そのたびに戦死者もたくさん出るし、指揮する将軍も10回に1回くらいの感じで戦死してる。それくらいこの世界の軍属は危険なんだ。


「(だから、僕がこれからしなくちゃいけないことはっ)」

 力をつける。…身体を鍛えるとかそういうことじゃなく。


 どんな状況でも安全に生きていけるように、仲間を増やして固めるんだ。身近においておける、僕の力になる人達で。


 だから僕はまず、名声があって実力もある女戦士のアイリーンをお嫁にしたいと、お父様におねだりした。



 これで直接的な危険から守ってもらえるし、お嫁さんだから四六時中、僕の傍にいる事だって出来る。それこそお風呂やお布団の中まで一緒だから、これ以上完璧な護衛はない。


 だからアイリーンには悪いけれど、しばらく夫婦の営みはなし!



 ……だって赤ちゃんがデキたりしたら、僕を守れなくなっちゃうもん。




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