第56話 責苦

「離せぇ!何をするつもりだ!」


「大人しくしろい!年貢の納め時だ兄ちゃんよ!」


 俺は何故か、街の住人に拘束されていた。

 

「獣さん……こ、これは仕方のないことなんです……私だって……」


 クララの差し金らしい。


「これは……どういう事だ……何故だ……!俺を売るつもりか!」


「本当に残念でなりません……こんな事になって……」


 様子がおかしかったのはこういう事だったのか……


「許さんぞ……絶対に許さんぞぉぉぉ……」


 そして俺は引き摺り込まれた。


──洗い場に。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「うぁぁぁ!水だけはやめてくれぇ!頼む!うぁぁぁぁ!」


「お湯だっての!我慢しろよっ!」


「あぁぁぁぁぁぁ」


 遠くから獣と誰かの声が聞こえる。


「……仕方ない犠牲だったのです……」


 衣服を改める云々以前に、汚れに汚れていた私達の身を清める事になった。


 今まで全然気にしてなかったけど、私達は相当汚れていたらしい。


 毛玉や獣を見ても、あまりわからなかったし、何故かいつも白い服を着ていたアトラは、


"余は毎日作り直しておったぞ?"


 との事らしい。


 お陰で全く気が付かなかった。


 この街でやたらと絡まれていたのは。


"そりゃ、嬢ちゃんが、あんまりボロボロだったからな。汚れきってたしよ"


 同情されていたらしい。


 牢獄から鉄火場での連続で、そんな事を気にする暇もなかった……自分でも、どうかと思うけど。


 あと、獣に殴り飛ばされた六本腕の男は。


"はぁ?何言ってんだ?あまりに汚ねぇから風呂場に連れてこうとしてたんだぞ?それが助けて助けて叫ぶもんだからな、酷い目にあったぜ"


 ……酔っ払って、全然違うように聞こえていたようだ。


 微妙に罪悪感。いや、だとしても見知らぬ女性を……ああ、私10歳くらいにしか見えないか……無理もないな。


 ……たしかに全く成長していないけど。


「同盟者よ、集中するのだ、試合はまだ始まったばかり、身を清め、美しく着飾れば、あの朴念仁の獣とて……」


 風呂場にアトラの声が反響する。


 ふと、その体を見る。


 上半身に着ていた薄い服を脱いだだけで、他はいつもと変わらない。


 下半身は巨大蜘蛛だけど、上半身だけならかなり均整の取れた……うん、すごいなぁ。


 つい、自分と見比べてしまう。


「……改めて思ったのですが、私、どう見ても子供ですよね……」


「む?変異に見慣れた我々にとって、肉体なんぞ魂の入れ物に過ぎんわ。見た目など大した問題には、ならぬだろう」


「……その割にはアトラさん、いつも服を作り直してませんか?」


「……身嗜みを整えるのは、自分が自分である名残のようなものだ、自分自身を忘れんようにな」


「……あ、今、誤魔化しましたね?」


「なんのことやらの~、しかし良いのかそんな事を言っていて、今、余を止める者はおらんぞ?」


 何か思いついたのか、ニヤリと笑う。


「何を止めるというのですか?」


「……くっ同盟者よ、あまりその無垢な目で見るな……」


 何かにたじろぐアトラ。


「え、えぇ……?」


 何が悪いのだろう。


「……そ、そうだ同盟者よ、すこし練習が必要な事がまだ残っておったのだ……」


 耳元で囁く。


「何ですか?」


「安心しろ、余が優しく教えてやるからの」


 ツゥーとアトラの指が背をなぞる。


「……何か邪なものを感じますが……」


「何を言うか、これは必要な事。同盟者も獣の前で恥をかきたくないだろう?」


 アトラがそっと私を抱きしめ、上半身が密着し、肌の温度が伝わる。


「な、何をするのですか……?」


「なぁに、予行演習だ……ふひひ、女同士だから恥ずかしくは──ふぎゃっ」


 アトラの頭に何かが降ってきた。


「のんびり、しすぎだ。はやく、しろ、むこうの、"せんたく"は、もうすこしで、おわるぞ!」


「男子禁制だ!何を入ってきている!」


「まごほどの、こむすめあいてに、よくじょうはしないぞ」


「やっぱりそうなんだ……私みたいなちんちくりんだと、ダメなんだ……」


「このボケ老人が……!人が気にしとる事を……!大体、お前の年齢からすれば、誰だって小娘だろうが!」


「む、そういう、つもりでは……いや、たしかに……われと、どうねんだいのものが、いても、こまる。……ともかく、はやくすませろ、こうはんせんは、これからだ」



◇◆◇◆◇◆◇◆



 酷い目にあった。


 むくつけき男共は、嫌がる俺を風呂場に連れ込み、お湯攻めにしたのだ。


「やめろ!やめてくれ!水は嫌なんだ!」


「お湯だっての!」


「水もお湯も変わらん!」


 ひたすらお湯をかけらた後は、鼻につく香りの薬品を体中に塗りたくられ、ゴシゴシされる。


「くっ!なんだこの薬品は……!鼻に刺さるぞ!」


「石鹸だよ!知ってんだろそんくらい!」


「何?"石鹸"だと!?そんな訳があるか!動物の脂と木灰で作ったものが、このような刺さる匂いの訳があるものか!」


「何言ってんだ!オリーブオイルと海藻だよ!そんな大昔のは臭くて使い物になる訳ねぇだろうが!」


 謎の薬品で体中が汚染され、再びお湯攻め。


「おぁぁぁぁ!!」


「大袈裟なんだよっ!大人しくしろ!」


 お湯攻めの後は布でゴシゴシと体をこすられる。


 風呂場での責め苦の後は、熱い炎の前にさらされ、毛を乾かされた。


「やり遂げたぜ……!」


「頑固な汚れだった……!」


 狼藉を働いた者共は額の汗を拭き、勝手に満足していた。


「くっ……何という辱めだ……!毛が……柔らかくなってしまった……!」


「おお、ぶじか?けものよ」


 毛玉が顔を見せる。何故かずぶ濡れだった。


「毛玉……か……無事も何も、だが、もう終わりだろう。クララは……何を思ってこんな拷問を……」


「なにを、おわったきに、なっている?」


「ま、まさか……!?貴様もグルかっ!」


「つぎは、いしょう、だ!つれてゆけ!」


「……な、何をするっ!窮屈な服は着たくないぞ!やめろ、やめろぉぉぉ!!」


 クララは一体何を考えているのだ!


 俺が一体、どんな気にくわない事をしたというのだ!

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