第27話 鏡像

 暗い湖畔を照らすのは、青白い光を放つコケのような何か。それらのおかげで視界は辛うじて保たれている。


 私を抱えて寝ていた獣の腕から抜け出して、湖の冷たい水で水浴びをしていると、のそのそと毛玉が歩いて来た。


「どうだ、かんがえはまとまったか?」


「いいえ……答えは見えてきているのですが」


 わざわざ聞きに来るなんて、一体何が目的なんだろう。アトラの言葉を、全て信じるわけじゃないけど、まさか獣がお人好しなんて考え難いし。


「……そうだ、聖女に関して何か知っていますか?」


「ああ、あのこむすめ。よくはしらない。えたいのしれぬ、ちから、どうほうのけはい、ひとのようで、ひとでない、ちかごろはまた、なにかかわったようだが、ひとのちがいなど、われにとっては、みわけるのがむずかしくてな、」


「そうですか……」


 また情報はなし……いや、あるにはある。獣と同じような力を持っている。人ではない。


 アトラによれば私に似た気配……私とアレの共通点といったら、聖女の力……私はもう使えないけど……あとは玩具修理者か……だめだ、情報が足りない。


 でもアリアが獣なら納得もいく。レオンや帝国の人々が裏切ったのも、獣由来の魔術か何かのはず……そうであってほしいという希望的観測かもしれないけど。


「……われはたいくつだ、はやくかんがえろ。ささげものも、たいしてうまくはない」


 そうだ、今の問題はそれだけじゃない。


 先ずは、この毛玉を従えなければ。どうしたらいいのだろう……考えて思いつかないなら本人に聞くべきかな。


「……あの、もし手に入るのなら何が欲しいのですか?」


「そのまえに、ふくをきろ、かぜをひくぞ。おまえには、けがわ、ないだろう?」


「……はい、そうします」


 言われるまで気がつかなかった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「ほしいもの、うまいささげものだ、にんげんのいけにえなぞ、くえたものではない、ひつじにくが、くいたいのだが、このろうごくにいるのは、にんげんばかり、むかしのようにどうぶつも、さいばんにかけるべきだ」


「動物を裁判に?」


「ああ、もちろん、ひとだけではない、ろば、ねずみ、さる、あらゆるものをひとしくさばいた。ことばをりかいせずとも、そこうがただしければ、つみをまぬがれることもあった」


「……そうですか」


 動物ですら、素行の良さを評価されるというのなら、私は一体なんだというのだろう。動物以下なんだろうか。


「なにをおもったか、ろばをつまにしようとして、つうじたものがいた、こどもなどつくれんのにな。かんつうはつみだとして、ろばとおとこは、さいばんにかけられた。しかし、ろばは、ふだんそこうがよいと、しょうげんがあった、ゆえにむざいとなった。おとこは、むろんしけいだ」


「ふふっ……あ、いえ、失礼しました」


 人が死んでいる話なのに思わず笑ってしまった。


「よい。とにかく、にんげんがきめた、つみなど、しょせん、にんげんのつごうだ。はいとくも、つみも、あったものか。だがどうだ、このろうごくは、すがたがかわったものを、しんばつをあたえられたといって、とうごくするさまは、それこそ、かみとやらに、ばっせられるべき、ごうまん、ではないのか?」


 獣やアトラ、そして毛玉達の言葉は、地上の人間たちよりも、はるかに理性的に聞こえる。


 彼らは何故このような場所に押し込められているのだろう。


「──みたくないのだろうな、じぶんたちの、じゅうせい、というものを」


 毛玉は黒い水面に映ったまんまるとした姿を見つめ、そう呟いた。


「私は……」


「よい、こたえはきちんと、ととのってからきこう、ぎょくざでまっているぞ」


 玉座だったんだあの場所……いや、そんな事より。


「わかりました、それでは後ほど伺います」


「そうか」


 それだけ言うと、ひらひらと手を振り、またのそのそと歩いて行った。


……答えまで教えてくれて、その上に慰めてもらったのだろうか、アトラがお人好しというのも何となくわかるような気がした。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「なるほど……?つまりおまえが、われをおこすにたるりゆうはそういうわけなのだな?」


 水浴びを終えて髪を乾かし、身なりを整えた私は、アトラと獣を連れて毛玉に提案をした。


 大したことのない話だ。これを受けるかどうかは、アトラの言うお人好しな性格に願うしかない。


 私にできる提案はこれで全て。あとは毛玉がこれを良しとするか否か。


「……よかろう、ていこくでころしたにんげんを、すべていけにえとすること、そして、《おいしいものをたべさせる》かぎりは、きさまに、ちからをかす」


 本当に大したことの無いことだった。


 人間の生贄よりも、美味しいものを食べさせるという《制約》を負うだけで毛玉は協力を快諾した。


 まあ、私にとって大したことの無い事でも、毛玉にとっては余程価値があるのかもしれないけど。


 帝国で殺した云々はアトラが付け加えたもので、毛玉にはどうでも良いらしく《制約》に加える事もしなかった。


「よし、るーんに触れろ」


 私が触れると、毛玉のお腹に記された呪印が書き換わる。


「われは、じゅうしゃでも、どうめいしゃでもない、しえんしゃだ。おまえのこうけんにたいして、たいかをかえす。はらたくのは、おまえだ、せいぜいはげめ」


「ありがとうございます、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」


「……つぁと、だ。ながすぎても、よくはあるまい。まあ、けだま、でもよいがな」


 毛玉はほんの少しだけ考え、そう言った。

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