第8話 亡者

「この偽者が!!」


「恥さらしめぇ!」


 投げられる石の礫、怒号。

 見当違いな罵倒、雨あられ。


 広場に吊るされ、嬲られ続ける事の何処が、取り調べなのだろう。


 目が潰れ、何も見えくなると、アリアが回復魔術を掛けにくる。


「《この者の傷を癒したまえ!》」


 何度も浴びた魔術が、体を癒して傷を無くす、閉じ掛けた意識を強制的に覚醒させる。


「ご機嫌いかが?」


 再生した目に映るのは、わざとらしい笑み。


「…っ……」


 声が出ない。


「流石、真の聖女様だ!」


「出来損ないとは違う!」


 ヒステリックな声を上げていたのは、教会にいた病人や怪我人達だった。


「痛けりゃ、お得意のお祈りで治してみなさいよ!"痛いの痛いの飛んでけー"って!」


「"神のご加護"はどうした!」


 やっぱり、私は彼らを癒すことなんて、出来ていなかったんだ。


 感謝していたのは、上辺だけ……私の"お祈り"と何も変わらない、何の身も結ばない。


--私の祈りには、一欠片の意味もなかった。


 投げ付けられる石が、言葉よりも遥かに雄弁に、それを語った。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「お集まりの皆様に、神の秘跡をお見せいたしましょう!」


「ぉぉぉぉぉぉ!!!」


 湧き上がる観衆、この数日、幾度も見た光景。


「こちらに用意した、"罪人"をご覧ください」


 罪人……?


「こちらは偽聖女の弟です!先日、父親の大逆と姉の罪を恥じ、自害しました!」


 乱暴に転がされたのは、弟の亡骸だった。


 苦悶に歪んだ表情、痣だらけの体。自ら命を絶ったようには見えない。


 私はまだ、どうにか逃げて、生きているんじゃないか、なんて現実逃避していた。


 そんなのは妄想だった。


「自白しない彼女の為に、彼に説得してもらいましょう!さあさ、《我の命に従い起き上がれ!》」


 説得……何を。


 無惨な亡骸へ、アリアが魔術をかける。


「……グ、グ……」


「ぉぉぉぉ!」


 立ち上がる亡骸を見て、また歓声が上がった。


「殺すだけで無く……!」


「殺す?彼は"生きて"ますよ?ほら、アルサメナ君元気ですかー?はーい」


 傷だらけの腕を掴んで、無理やり上げさせるアリア。


「グ……グ……」


 焦点の定まらない白く濁った目、だらりと空いたままの口。……生きているというより、動いているだけにしか見えない。


「硬いですねーって、あらら」


 無理に上げた腕は、折れて垂れ下がり、その勢いで崩れ落ちる。


「脆いなぁ、ちゃんと立ってお姉様を説得してくださいな」


 その命令通りに立ち上がるアルサメナ。


「イ、イヤ、ダ」


 ぎこちない動きで被りを振る。


「アル!」


 死して尚、私の潔白を証明しようとしてくれているのだろうか。


「………」


 黙って微笑むアリア。


「イ、ヤダ、ナゼ、ナゼダ」


「アル!もういいの!もう!」


「--ナンデ、アネウエハ、イキテ、イル?」


「……へ?」


 分からない、なんでそんな事を……?


「ナゼ、イキテイル?アネウエガワルイノニ!」


 そう叫ぶ、蹲って呻く。

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