家族になった日

にのまえ あきら

第1話 モカちゃん、三周年だって


 わたしが小説新人賞の受賞連絡を受けてから、はや二ヶ月と少し。

 それはつまり、クリスマスの夜、お姉ちゃんに想いを伝えてから二ヶ月と少しが経ったということだ。

 冬休みとお正月は食っちゃ寝していたら一瞬で通り過ぎて、再び始まった学校生活と課題に追われていたら、いつの間にか外の気温も少しだけ春めいてきた。


 そんな中、わたしはいつも通りに受賞作の改稿&改稿、そしてまた改稿。

 今日も夜から作業を続けていて、四杯目のコーヒーを淹れようか悩んでいると、空が白んでいることに気づいた。

 いつの間にか朝になっていたことが信じられず、朝焼けの光をカーテン越しに眺めていたら、玄関先で物音がしていることに気づいた。

 

 ――わたし以外に家を出る人はいないはずなのに、なんだ……?


 まさか空き巣じゃないだろうな。

 そう思っておそるおそる玄関先に行ってみれば、ブーツに足を入れようとして悪戦苦闘しているお姉ちゃんがいた。


「お姉ちゃん、今日どっか行くの?」


 声をかけただけなのに、お姉ちゃんの肩が跳ね上がる。思いっきり。ビックゥ、って擬音がつくんじゃないかってくらい。


「う、うん! 今日は出版社さんで打ち合わせなの〜!」


 こちらへ振り返る動作も、いつも見ているはずの笑顔も、どこかぎこちない。

 わたしが想いを伝えた二ヶ月前からずっと。

 嘘をついているようには、見えない。

 そもそも、お姉ちゃんが嘘をついたことはない。

 初めて出会った日から、二人暮らしを始めた今日までただの一度だってない。

 これからも、きっとない。

 だから今日は本当に打ち合わせがあるんだろう。

 でも、今日は――


「そうなんだ。頑張ってね」


 わたしは言いたかった言葉をグッと飲み込んで、ただ「いってらっしゃい」

と笑いかけた。


「ありがと〜! 頑張るね〜!」


 バタンと扉が閉まり、わたしは糸が切れた操り人形のようにずるずるとその場に座り込む。

 今度はちゃんと笑ってた。

 キュッと、胸が痛くなる。

 ああ、後悔だ。

 この思いをしまったまま今日を過ごすなんて、とてもじゃないけど耐え切れない。

 わたしはこの気持ちを発散させるため学校に向かうことにした。


※ ※ ※


「そ・れ・で! 何であたしのとこに来るわけ!?」


「だってぇ〜。わたしたちの仲でしょモカちゃん〜〜」


「だってじゃないしモカって呼ぶな! それにあなたあたしのこと振った身でしょーが! ってああもう、引っつくなぁ!」


 昼休み。

 講義が終わって真っ先に向かったのは構内のカフェ。

 緑が多く、森閑とした雰囲気を漂わせるとてもおしゃれなカフェで、構内においてここほど落ち着ける場所は他にない。それになにより、わたしの幼なじみであり親友でもある杜ノ宮もりのみや礼華らいかがいる。


「ていうかモカちゃん、まだここ来てるんだね」


「なによ、なにか言いたいことでもあるの?」


「んーん、別に。曲作る必要ないのかなって。依頼来てたはずでしょ」

 

 モカちゃんは LEENという名義で動画投稿サイトや楽曲投稿サイトに自作の曲を投稿している、いわゆる作曲家だ。


「締め切りは月末だから大丈夫よ」


「にしたってここじゃなくてもいいと思うんだけど」

 

 わたしはモカちゃんの腰にひっつきながら、その青い瞳とサラサラの金髪を見上げる。おばあさんがイギリス人らしく、隔世遺伝でこうなったとのこと。


「……しかたないじゃない。ここが気に入ってるんだもの」

 

 モカちゃんはフンと鼻を鳴らして、「あなたとの思い出の場所でもあるんだし」と付け加えた。

 そう。ここは、モカちゃんとわたしにとって因縁の場所でもある。

 なにが因縁なのかというと――


『あたしが、あたしの方が、あなたのことをずっと好きだったのにっ!』


 去年の学園祭の最終日。

 彼女はここで振られたのだ。

 わたしによって。


『この恋はおかしいんだって思ってたから、ずっと我慢してきたのにっ!』


 今でも目を閉じれば、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった彼女の顔がまぶたの裏に浮かび上がる。それでも彼女の顔は綺麗だった。

 あのときはいろいろめんどくさいことがあって、一触即発どころか既触暴発とでもいうような騒ぎになっていた。

 最終的にはなんとかなったけれど、あんな大変な思いは二度とごめんだ。


『ごめんね、モカちゃん。それと……ありがとう』


 そしてそんなことがあったにも関わらず、彼女は暇さえあればここに足を運び、お気に入りのコーヒー片手に本を読んでいる。

 クールな見た目に反して性格は面白みが勝っているけれど、それもまた彼女の良さだと思う。

 黙ってれば可愛いのにな……と思いながらモカちゃんの顔を見つめていたら、しっしっと手を払われたので潔く自分の席に戻った。


「それで? 今日はお姉さんのどんな話を聞いて欲しいのよ」


 さっと髪を払い、ほお杖をついたモカちゃんがため息まじりに苦笑する。

 わたしはそれを見て笑い、今朝お姉ちゃんに言えなかったことを話しだす。


「今日ね。わたしとお姉ちゃんの三年目の記念日なんだ」


「ふーん、なんの?」


「家族になってから。モカちゃんわざとトボけてるでしょ」


「さあ? それにしても、時が経つのは早いものね」


「ほんとだよね。わたしもあっという間に大学生だよ」


 そう、わたしとお姉ちゃんは義理の姉妹だ。

 三年前。

 お母さんが再婚して、お姉ちゃんがお姉ちゃんになった。

 そして去年の春、わたしが大学生になるにあたって引っ越しをすることになり、わたしが心配だと言ったお母さんの発言によって、お姉ちゃんが付き添いとして来ることになった。

 そうして、わたしとお姉ちゃんの二人暮らしが始まった。


「あのときはあなたがそんな笑顔をするようになるなんて思わなかったわ」


「えへへ、それほどでも」


「褒めてないっての! 身のほどを知りなさい!」


「そんな〜モカちゃんに釣り合いとれるよう頑張ってきたのに〜」


「……はぁ。肝心の話の内容は?」


「あ、そうだった」


 モカちゃんに促されて、話を戻す。


「それで、ほんとは今日お祝いをしたいんだけど」


「なにかできない理由があるのね?」


「……わかんない」

 

 モカちゃんの言葉に、わたしは首を振る。

 どういうこと? と首をかしげるモカちゃんに、わたしは言う。


「最近、お姉ちゃんが変なの」


「変? どういうこと?」


「うん。えっとね……」


 そう。あれは、感情とはかけ離れてよく晴れた日のことだった。


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