異世界転移を無加護にて

青ひつじ

第1話 始まり

 異世界転生――――そんな胸躍るフレーズ、一度は耳にしたことがあるだろう。


 何らかの理由で元の世界で命を落とした時、都合よく自分の前に超常的な存在が現れ、天才も悔しさのあまり歯噛みするような才能や力を授けられ、別の世界で第二の生を謳歌する。与えられた力で世界を救うもよし、周りに絶世の美女なり美少女を侍らせるも良し、元の世界の知識で莫大な富を築くも良しの、まさに夢描いた理想郷。


 ――――だが、やはりそれはどこまで行こうと夢物語だった。


 嗚呼、確かにその夢物語は“実在”はしていたのだろう。ただその物語において、というだけで――。きっと、あの世界で主人公ではない者達はこんな心境だったのではないだろうか?


 ――――と。


 そして、我こそが正義だと言わんばかりの顔で綺麗ごとを宣う彼らは、その下で血を吐くまで藻掻き苦しんだ挙句、追い求めた理想すらも横から掠め取られる者の気持ちなど、微塵にでも考えたことはあるのだろうか――――?





「――――また、気絶してたか」


 清々しい目覚めとは限りなく程遠い起床。だが、もう慣れたことだと少年は変わり映えのない周囲を見渡した。

 岩がむき出しとなった壁、不快感を覚えるようなジトっとした空気、その中に漂う埃とコケと――濃い鉄の匂い。その発生源は確かめるでもなく、今も自身の四肢を貫いている四本の剣、そこから絶えず流れる血。


 昔、とある人体実験で死刑囚の腕に小さな傷をつけた後、その上から水を少しずつ垂らし、頃合いになった時に――――今、お前は致死量の血液を流したと、囚人に伝えたところ、彼はそのまま思い込みで死んでしまった、という話がある。それがどんな量だったのかは知る由もないが、少なくとも自分はそれに負けず劣らずの量の血を流したと言い切れる自信があった。


 それでも、彼に死ぬことも正気も失うことも許さないのが、まさにこの状況を生み出している剣そのものだというのだから、とんだ皮肉である。


 ――――この少年、灰瀬零斗はいせれいとは今、国王暗殺未遂の罪で拷問と処刑を兼ねた罰を受けていた。


「……何が、いけなかったんだ」


 だが、その罪は言ってしまえばであり、要は嵌められた――のが事の真相であった。国王暗殺未遂の罪を着せられるなど、尋常なことではない。もしこのことが明るみに出れば、無実の者を拷問に晒したうえ死なせたとあれば、国の司法が傾くほどの大失態である。


 しかし、それは絶対にありえない。何故か? それは――――国王本人がその事を知った上で、真実を隠匿したからである。

 いつの世も、被害者の発言は最も重要視される。当然だ、文字通り被害者なのだから。

 さらに、彼が殺されかけたと言い、さらに証拠まででっち上げてしまったのだから、もうお手上げだ。それだけで零斗は晴れて、国家を揺るがす大罪人である。


 しかし、そこで疑問が一つ浮かぶ。なぜそうまでして国王は零斗を処刑したがるのか。

 

「……まぁ、全部この加護・・が原因なんだろうけど」


 『加護』――――この世界には当たり前のように存在する概念。


 曰く、“神の祝福”。


 “世界の恵み”。


 “精霊の愛”。

 

 様々な形で表現されるそれは、授かった者に人智を越えた能力を与え、人々を導く資格を得るという。


 本来であれば、加護を受けるということはこの上ない喜びであり、一度は夢見るものである。


 ――――こと零斗という例外を除いては。


 彼が授かった加護――それは《体が頑丈になる》という酷く漠然とし、要領の得ないものだったのだ。


 この剣と魔法の世界、名を『デイフォモス』における加護というものは勿論……というより、零斗が特殊なだけで、絶大な効能を持つ。

 身体能力向上系の加護を持つ者は、たった一人で一国の騎士団に相当する戦力を持つと言われ、英知を授ける加護を持つ者であるなら今後、数百年にわたる領域まで学問体系を発展させると言われる。


 それほど加護が持つ能力は偉大なのである。


 しかし、あくまで零斗に関しては。それも、どんな衝撃にも耐える強靭な肉体になる――――であればいいのだが、その真相は不明である。

 

 正直、ここまで目立った活躍もなく、加護かどうかすら疑わしい代物だ。


 とはいえ、話がそれだけなら零斗の運が途方もなく悪く、加護が外れだったというだけである。

 一見すると、今の状況とは何の結びつきもないように思える。


 ではなぜ、傲慢な死刑囚でさえも殺してくれと祈願するような状況に、彼は晒されなければならないのか。


 ――――それはその加護こそが、零斗がとして、多大な犠牲を伴った上で与えられたものだから、である。


 『勇者』。それが、この世界にきて最初に呼ばれた自分の肩書だった。

 当時、召喚された直後で混乱していたため、話についていけなかったことはまだ記憶に新しい。


 所謂、“異世界転生”というやつである。


 そして、自分以外にも合計十人がこの世界に召喚された。

 その中には自分の友人も含まれており、彼らは各々、神によって加護を授けられ、英雄と呼ばれるにふさわしい能力を持っていた。そこまでは良い。



 問題なのは、自分に授けられた加護が、前にも言った通り、

 周りを見渡しても、自分より弱い加護を持つものなどおらず、挙句の果てには加護を持たない騎士に瞬殺されるという始末。それは、加護の持つ力が神聖化されるこの世界において、あってはならないことだった。


 そんな自分に、召喚した者たちは愛想を尽かしたのだろう。気が付けば、自分はまるでいない者のように扱われだした。

 だが、それでも、せめてこの世界に呼ばれた意味を見出そうと彼なりに足掻いた。

 プライドも捨て、意地も捨て、本心すらも偽って、文字通り、すべてを投げ打って努力した。


 しかし、ここで無慈悲にも“加護”は彼を突き放した。

 自分が一を進めば百を行く“仲間”達。自身の想いなど道端に転がる石のごとく一蹴された。


 ――――それでも、と。

 決して諦めたりなどしないと。

 健気にも自分にできることはないかと愚直に模索し続けた。


 嗚呼、これを主人公と呼ばずしてなんと呼ぶか。あまりに出来すぎた、己を鑑みない自己犠牲の精神あふれる少年はついに――――見切りをつけられ捨てられた。


 たった、それだけのことだ。



「……全く、勝手な……話だよ」


 戦闘の役に立たないと知った彼らは、なんの恨みがあってか、自身の手元に置かずに済む口実として、あろうことが零斗を『国外追放』の刑に処したのだ。


 ――――しかし、実態は今の通り、『磔の刑』である。


 推測でしかなかったが、おそらく国としては勇者を見限ったという事実が知られる可能性を少しでも減らしたかったのだろう。

 だから、国王暗殺未遂を行った悪者に仕立て上げたうえで、国外追放という名目で自分を連れ出し、口を封じようとしたと。


 同時に彼らが扱いに困っていた、これらのを使って、自分を磔にして処刑し、要らない物を同時に処分でき一石二鳥――――彼らはどうやら、“道徳”というものを母親の胎内に置き忘れて生まれてきたらしい。

 “魔女狩り”というものを初めて聞いたときは、何をバカなことをと笑ったものだが、今の状況を考えれば、どうも冗談などではなかったらしい。

 文明人が聞いてあきれる。



 しかし、国の連中はある一つの誤算をしていた。そしてそれこそ、今の零斗を生き永らえさせている原因だった。

 

「……っ、始まった、か――――――アァァアぁああアァァッッッ!!!」


 突然、自分の手の平を貫いていた剣が発光しだし、同時に流れ出す血流が増加する。そして、忘れようにも忘れることのできない激痛が四肢を中心に再来する。


「――――――ァッッ!! あ、がァァッッッ」


 今に手足が引きちぎれそうな勢いで零斗が暴れだす。――――これこそが彼らの誤算・・であり、零斗にとっての最大の悪夢だった。



 零斗の身体を壁に打ち付ける剣は全てで四本。

 一つ――『錯乱』傷を負わせた相手の感情をかき乱し、文字通り錯乱させる効果を持つが、同時にその所有者の精神も蝕まれていく厄介な代物だ。


 二つ――『時壊』これも傷を負わせた者に対して効果を発揮し、対象の時間に関する感覚を破壊する。まさに拷問のために作られたかのような武器である。


 三つ――『激痛』効果はシンプルで、対象の痛覚を数倍まで引き上げる。


 そして最後に、これこそが全ての原因である。


 ――――『回復』。

 傷を負わせた相手の自然治癒力を跳ね上げ、あらゆる傷を癒すという、意味不明という他ない効果である。

 何故自分でダメージを与えておいて、塩を送るような真似をするのか。これぞまさしくマッチポンプというべき、あまりに生命というものを冒涜した代物だ。


 しかも質が悪いことに、どういう仕組みか、わざわざ大気中の魔素を変換して体の不足した組織等を修復するらしく、いくら血を流していても。さらにあらゆる傷というのは伊達ではなく、なんと麻痺してきた痛覚さえも正常な状態まで修復するらしい。


 そのため、零斗は常に研ぎ澄まされた感覚で痛みを味わう羽目になっていた。

 

「あぁあぁぁぁぁああぁぁぁッッッ――――!!!!」


 『激痛』の剣によって倍増された痛みは、それだけでショック死してしまうような域に達している。しかし、それを『回復』の剣が許さない。意識が飛びそうになる度に回復させられ、一気に現実に引き戻す。


 『錯乱』によって気を紛らわせようにも強制的に思考が澄み渡り、『時壊』がその地獄を、永遠とさえ感じるほどに体感時間を引き延ばす。だが、それによって狂気に呑まれそうになっても、やはり癒されてしまうのだ。


 ――――これを連中が狙ってやっていたとしたらあまりにも悪趣味すぎるッッ!!


 苦痛で悲鳴しか出せない零斗は心の中で叫ぶ。



 しばらくして『回復』の波が収まると、徐々にそれ以外の効能が相対的に強さを増し、零斗の意識が霞んでいく。


 痛みは麻痺して何も感じなくなっていき、次から次へと移り替わる自身の感情にかき乱され、思考がまとまらなくなっていき、自分を見失っていく。


 だが、それはかえって零斗にとって、先ほどのような地獄の苦痛を忘れられる、短い救いのひと時だった。それに身を委ねれば容易に考えることをやめ、意識を手放すことができる。



 ――――しかし、なぜだか今はそんな気分にはならなかった。


「はぁ…………はぁ……。――もう、限界だ」


 今のような惨劇を覚えている限り。


 ――――百六十四回、体験した。


 そして、そんなことを繰り返していくうち、だんだんと壊れてゆく自我の中でもはっきりと、輪郭を帯びて鮮明になっていく。


 ――――なぜ自分零斗だけがこんな思いをしなければならないのか。


 そんな思いが零斗のなかで、徐々に強さを増していた。

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