Loop1 5/22(日) 17:06【週末黙示録:2】

 2022年 5/22 (日) 17:06『GLUON桜ノ筋店』


 臨時ニュースは鳴り止まない。アメリカ合衆国大統領がホワイトハウスごと吹き飛んだらしい。ローマ教皇が「神よ我らを守り給え」と唱えながら燃え尽きたらしい。日本国総理大臣が逃げ損ねてヘリコプターごと打ち落とされたらしい。もはやこの世に安全な場所などどこにも無かった。


「死にたくない、死にたくない、死にたくない」


 そんな呪いの言葉が、朝霧市でも唱えられていた。


「ミゾグチ君落ち着いて! きっと助けは来るよ……きっと……!」


 ジュンペイ達は近くのショッピングモールの地下に避難している。そこはまだ怪獣の炎で蒸し焼きになるということは無かった。ジュンペイはそこが一番安全だということを知っていた気がしたからだ。


 ジュンペイの既視感は、この状況で変化しつつある。頭の中に様々な記憶が同時に流れ込んで来るのだ。駅の近くで怪獣に焼かれる記憶。地上を走り、巨大な虫に切り裂かれる記憶。様々な記憶の中、ジュンペイは最適な行動を選び取っていた。


 だからこれからどうなるのかも知っている。助けが来ないということも、結局死ぬということも。だがなぜかそれでもジュンペイは正気を保っていた。何か……何かを忘れている。この状況を打破する何かを……。


「これじゃあ、オモテザカの言った通りじゃねぇか……」


 ミゾグチが死んだように呟いた。刹那、ジュンペイの記憶は遡る。週末にみんな死ぬ、オモテザカはそう言っていた。彼女はこの状況を予見していた? もしかしたら何かの行動を起こそうとしていた? 僕みたいに既視感が見える人間もいる、彼女も同類なのかもしれない。ジュンペイは記憶をオモテザカに絞って思い返す。


 瞬間、脳に記憶が弾けた。見えなかったはずのオモテザカの行動がジュンペイの脳内に展開される。それはもはや既視感で済まされるものではない。別の記憶、様々なジュンペイの記憶が一つにまとまって脳に流れ込んで来るようであった。


 オモテザカが五十円部に仮入部したことがあった。彼女は初めてゲームをすると言っていたが何故かすでにジュンペイより強かった。彼女と一緒に映画を見たことがあった。そこに映された宇宙人による侵略は、今のこの状況を思い出させるものだった。


 そしてその記憶の最後に、必ずと言って良いほど彼女はこう言うのだ。


「あなたが超人だったら次の週末、この場所に来てください」


 夕暮れの屋上で、彼女はオモテザカではない笑みを浮かべていた。


「学校だ——」


 一気にジュンペイは駆け出した。しがみつくミゾグチを放り出し階段を上る。迷いはない。砕けたガラスを踏みしめ、燃え盛る街へと飛び出した。



  同日 17:21『瀬戸ノ夢学園』


 元々学校がある場所は小さな山だったらしい。それくらい大きな土地ではないと全生徒合わせて約4000人というマンモス校は作れなかったという。


 ジュンペイは振り返らず坂を上る。その背後には、まるで戦時中のような地獄が広がっていた。先ほどまでいた地下も、もう無事ではすまないだろう。ミゾグチを見捨てた。そんな罪悪感から逃げるようにジュンペイは足を早める。大量の煙を吸い息苦しい。靴底は半分溶けていた。それでもなお止まらない。希望はそこにあると信じていたからだ。


 やがて学校にたどり着き、高等部の校舎を駆け上る。五階、六階、そして屋上にたどり着き、その扉を勢いよく開けた。


 紅蓮に染まる空がジュンペイを待っていた。それを照らす炎の街の逆光を浴びる一人の少女の影が、漆黒の道となってジュンペイを誘う。


「——遅すぎるわよ、超人」


 表坂夏鈴。行方不明になったはずの彼女が、その日そのままの姿で妖しい笑みを浮かべていた。


「オモテザカさん……いや、君は——」

「話してる暇はないわ。貴方には世界を救ってもらう」


 不意にオモテザカが、親指と人差し指を伸ばし指でっぽうを作った。それをまっすぐとジュンペイに向け——


「拒否権はない」


 一瞬の閃光、それがオモテザカの人差し指から放たれるのが見えた。次の瞬間、ジュンペイの胸に何かが走る。激痛、それと共に胸の心音が今までにないくらい高く、深く感じられた。


「268回目、ようやく見つけたわ。これでようやく全てが始まる」


 そして胸に空いた弾痕から光が溢れ、ジュンペイの体を瞬く間に包んだ。光はジュンペイの意識さえも白く染める。すぐにジュンペイの意識は塗りつぶされた。自らが人間ではない何かになるのを感じながら——



 同日 17:23『瀬戸ノ夢学園』


 そしてジュンペイは目を覚ます。自らの体から溢れる生命力を感じて。


 その時、ジュンペイは空に浮いていると錯覚した。しかしそれはすぐに否定される。目の前には、模型で作ったかのような燃え盛る街。そして眼下に広がる巨大な身体。振り返ると、手のひらに収まりそうなほどの大きさのオモテザカがジュンペイを見上げていた。


 もはや言い逃れできない。ジュンペイは光に包まれた巨人に姿を変えていた。

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