夢女子とバスケの女神

@goat666

第0話 序文(読んでも読まなくてもいいです)

 現代バスケットにおいて、3Pシュートの重要性というものは、ますます際立っていくばかりだ。


 コート上のスリーポイントライン。

 これよりも近い位置からゴールを決めれば2ポイント、より離れた位置から決めれば3ポイントが与えられる。

 今更説明するのもむずがゆくなるようなバスケットボールの基本的なルールだ。


 単純に計算するならば、3Pシュートは2Pシュートの1.5倍効率のいい得点方法ということになる。シュート自体の成功率が2Pシュートの70%ほどだったとしてもおつりが返ってくるのだ。


 最近では猫も杓子も、司令塔もドリブラーもビッグマンも、みんなみんな高精度3Pシュートの習得にご執心だ。


 とはいえ、私がシューターというポジションに憧れたのは、そんな現代バスケットの戦術シーンとは無関係に思える。





「15本目行きまーす」


 私はカゴからバスケットボールを一つ取り出して、数m先の先輩へとパスする。

 フローリングでワンバウンドしたボールは吸い込まれるように先輩の胸へと収まった。


「ふー……この瞬間はやっぱり緊張するな」


 スリーポイントラインの向こう側に立った先輩は、手に持ったバスケットボールを見つめて大きく息をついた。

 その拍子に先輩の透き通るようなブロンドの髪が揺れる。憂いを帯びた俯き顔は差し込み日差しと相まって絵画じみており、私はほんの一瞬だけどその姿に見惚れた。


「ねえ日暮さーん。なんか元気の出る声援ちょうだーい」


その凛とした雰囲気は、だけど先輩が次に口を開いた途端に何処かへと消えていった。

子供っぽい力の抜けた先輩の声を聞いて、私は内心がくっと肩を落とす。


「な、なんですか急に」

「ちょっと集中が切れてきちゃってさ。心に栄養が欲しいんだよ」

「んなこと言われても……元気の出る声援ってどんなのですか?」

「なんでもいいよ。日暮さんが言ってくれたらなんでも嬉しい」


 最後のセリフを何気ない調子で言う先輩だったけど、それを聞いた私の方は大いに動揺した。


 またこの人はこういうことをサラッと言う……。

 どうせ深く考えずに発した言葉なんだろうけど。


「わ、分かりましたよ、もう……。せ、先輩っ。頑張ってくださーい」

「うおおおおおお!!!頑張りまっす!!!」


 私が軽く声をかけた途端、でっかい咆哮と共に先輩の顔に覇気が満ち満ちていく。麻薬でも打ったみたいだ。

 そしてそのまま流れるようにシュート体勢へと移行してしまった。


「そいやっ」


先輩が音もなく飛び上がる。

力が抜けるようなセリフと共にショットが放たれた。


 ボールは高い弧を描いた。それを見ただけでこのシュートの質がとても高いものだとうかがえる。なにより単純に美しい軌道だ。

 やがてわずかな接触音と共にリングをくぐり抜ける。ネットに絡めとられて勢いの落ちたボールが、フローリングへと落下していくらかバウンドした。


「よっしゃ!また入ったよー日暮さーん!」


 それを見た瞬間、先輩が飛び上がってはしゃいだ。


「な、ナイッシュー」


 それに続いて私も決まり文句の声をかける。

転がっていったボールの後を追いかけ、ボールカゴの中へと放りこんだ。

 そんな私のことを先輩がニコニコしながら見つめる。


「ねえ日暮さん。今何本目だっけー?」

「だから、15本目です」

「だよね!じゃあ最初の一本は外してるから……14本連続で決めてるよね?」

「そういうことになりますね」


 私が首肯すると先輩が嬉しそうな顔になった。ぐっと拳を握りしめているのも遠目にうかがえる。


 14本連続。


それが常識外れなシュート精度を示していることは言うまでもないと思う。

 例えばこれが私だったら、ゴールのすぐ真下、最もシュートの入りやすいポジションから撃ったとしても、ここまで連続してリングをくぐらせることは出来ないはずだ。


「ねえねえ日暮さん!どう?」

「……どう、とは?」

「私カッコいいかな?きまってる?今日凄い調子いいと思うんだけど」

「え、えーと……まあまあ、じゃないですかね。はい」

「ほんと!?嬉しいなぁー……ありがとう日暮さん!」

「いやそんな褒めてないと思うんですけど」


 向こうで先輩が嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

 子供っぽいそんな様子を見ると小さく笑いが込み上げてきて、同時に罪悪感がチクリと胸を刺した。


 ……こんなに喜んでくれるなら、素直に本音を言っておけばよかった。

 本当はもっと、二言三言では飾れないくらい凄いとは思ってるんだけどね。ただそう口に出すのは難しかった。

 先輩の前だと目を合わせるのですら、大きな勇気を必要とするから。


 そうだ。私が3pシューターに憧れたのは、現代バスケの戦術シーンとは無関係だ。


 ボールがシューターの手を離れてからの、あの息詰まるような数秒が好きだ。

 シュートが見事にリングをくぐり抜けた時、膨れ上がった期待が熱を帯びて昇華するあの瞬間がたまらない。


 それは本能的な欲求であって生理的な反応であり、大げさに言うなら宿命のようなものだ。

 私がいつどの時代に生まれていたってきっと、コート上の狙撃手たちに憧れていたと思う。


 だから私が先輩を見て感じるこの胸の高鳴りも、きっとどうしようもないものなんだ。

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