020131【時計】
所々欠けていて、歩きにくい石畳の道を強引に馬車が通っていく。御者は腕時計を何度も確認していた。
「お嬢さん、時計は要らんかね」
ボロ布を纏った老人が聞いてくる。
「いえ、もう持っているので」
そう言って、私は腕を見せた。
「その腕時計一つかい?」
「ええ、十分です」
老人は周りを見渡すようにして答えた。
「見てご覧なさい。この町の人は皆んな最低でも三個は持っているよ。一つでは心許なくはないかい」
「皆がおかしいんですよ。それにほら、町にはあんなに立派な時計塔があるんだし」
「それでも人は時間を常に知りたいのさ。時間をできる限り近くに置いて、時間に縛られる生き物だよ」
時計塔が1分進んだ事を知らせる鐘が鳴った。毎分鳴る鐘などうるさくて仕方がないと思うのだけれど、皆はありがたがっているようであった。通りの反対側の人は鐘の音を聞くや否や、歩幅を先ほどよりも大きく調整し、到着時間に合わせるように歩き直していた。
前を向くといつの間にか、老人は居なくなっていた。
再度鐘がなったため、ふと我に帰り、急ぎ足で彼のお見舞いへと向かった。
病院に着いたのは12時の鐘が丁度鳴った時である。その音色はお腹の奥に響くような音であった。
病室に向かうと、慌ただしい様子である。
何があったのか尋ねると、彼が丁度12時の鐘が鳴った時に亡くなったのだと答えた。
しかし、もう一人の看護師は鐘が鳴り終わった時だと主張する。遂には、鳴っている途中であったと言い張る者まで出てきて、彼がいつ亡くなったのか白熱の議論になってしまった。
私はそうですかとだけ答えて、外に出た。
再度、時を知らせる鐘が鳴る。
私は身につけていた腕時計を手荒く外して、地面へと叩きつけて壊してしまった。
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