020130【夜食い】

「なあ、夜食いって御前さん知ってるかい」

 茶屋で休んでいると、背中合わせで座っていた行商達が話しているのが聞こえた。

「なんだねそりゃあ」

「夜を食べるって書いて夜食いよ。字面の通り、夜を食べちまう妖さ」

 私は三色団子の草色を口に入れながら耳を傾けている。

「夜なんか食べてどうなるんだい」

「そりゃあ、分からねえけどよ、最近はこの町にも出るらしいから注意しろなんて河原に立札なんかあるもんでさあ」

「へえ、なんだかよく分からねえ話だな」

 私は三色団子の黄色を口に入れながら耳を傾けている。

「でもよ、御天道様が昇るだろ? それが沈んで夜になるわけだ。それを食ったって御天道様は出て来やしないだろ、そしたら何になるんだ?」

「小難しい話は俺も分からねえよ。けどよ、やっぱり美味いから食ってるのかなあ」

 あははと笑って立ち上がり、行商達は歩いて行った。

 私は三色団子の最後の紅色を串から剥がすように食べて、冷めた茶で腹へと流し込んだ。

 事実、夜の味は至極である。

 何物にも変え難く、また、私は夜でしか腹は満たされないのだ。

 彼らは夜を食べたら何になるかが分からないと言っていた。

 事実、何にもならない。むしろ、何も残らないと言うのが正しい。夜はまさしく人間存在そのものである。だから私は夜を食べているのだ。

 茶屋の娘に長居した代金として少し大目に渡して、席を立った。

 御天道様も沈み始めて、今日はどの夜を食べようかと吟味していた。

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