020108【クマと電話】
電車がホームに入る。
私はそれに本当に乗らなければいけないのかと考える。このまま順序よく支度をした時と全く同じように、その逆の作業を適切に行って、静かに布団に入ることは出来ないのだろうか。今すぐ左ポケットから取り出し、職場に一報を入れる。
「すみません、どうも行きたくなくて」
電話に出たのはいつも始業より一時間以上はやく席にいる上司だった。私は彼のおっとりした性格と体の大きさからクマさんと心の中で呼んでいる。
クマさんは答える。
「え、それはどうしてなの」
「分からないんです、でも気分が乗らなくて。このまま家に帰ろうと思ってます」
数秒間が空く。
自分から追って話すことは何もない。
「それはいい考えだね」
予想していた返答と違い驚いた。
追ってクマさんは話す。
「僕ももうやめてしまおうかな。はやく来てもやっても仕方ないしね」
私は答える。
「そうですよ、もうやめましょうよ。クマさんだけ、そんなに頑張らなくていいんじゃないですか」
「クマ?」
「そうです、クマです」
「そうか、僕はクマだったのか」
そう言うと受話器を机に置く音がする。
また、数秒間の沈黙。
そして力強い獣の雄叫びが電話越しに聞こえた。
そして走り去る音。
私は電話を切って、安心してホームを後にした。
そんなことを考えているうちに、最寄りの駅に着いてしまったので、今日も仕方なく職場へ向かうことにした。
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