第十四話 ハイジ、犬より見劣りする
十月。小さな港町は、大小様々なイベントで連日賑わうようになった。乙野高校も、十月二週目の金土日が学園祭。初日は学内イベントだけだけど、土日は一般公開になる。
下宿生や寮生の多い乙高生は、学園祭に合わせて親を呼ぶことが多いの。ひなびた町の人口が、学園祭の時にはどかあんと膨れ上がるんだよね。本井浜のピーアールになるから、町のほとんどのイベントは学園祭の前後に組まれる。子供たちの様子を確認しつつ、町の特産品も買っていってくださいってこと。
うちも、呉から両親が来る。お母さんは、おばあちゃんの暮らしぶりを確かめたいからお父さんよりちょっと長くこっちにいるみたい。もちろん、おばあちゃんの家にタロが居候していることはもう伝えてある。これからもずっと同居ということじゃなく、タロが仕事に慣れたら家を出て自立するってこともね。
タロとの同居が始まった頃は、心配した親が何度も電話してきて様子を聞かれた。でもわたしは学校があるし、タロは仕事に馴染むことに必死で、わたしたちの生活はほとんど独立してた。おばあちゃんは食事の時に賑やかでいいってずっと喜んでたけど、両親が心配するようなことは起きようがなかったんだ。
ただ……。タロが本格的に水試で働くようになってから、わたしはタロとの間に距離を感じるようになっていた。何もできない世間知らずのタロに呆れて、ちょっと離れてよって思ってたのに。わたしの想定よりもずっと早くタロがこっちの世界に馴染んでたくましくなったことに、強い焦りを感じてる。今なら、わたしの方がひ弱なガキだ。いや、まだ十六だから本当にガキなんだけどさ。それでも……まだ全然ガキっぽいなあと思っちゃう。
そんなことをもんもんと悩みながら、放課後の教室でペンキの刷毛を動かしてる。塗りたくってるのは、クラスごとに校庭に立てるトーテムの部品だ。単純作業だから飽きるんだよね。そこをすかさずクララに突っ込まれた。
「ハイジー。やる気が足らんでー。山羊のおっぱいいるかー?」
「要らんわ! 車椅子壊すぞ、クララっ!」
作業そっちのけで掛け合い漫才をぶちかましてたら、突っ込みが一つ増えた。
「おい、あるブスの少女たちよ。まじめに作業したまい」
福ちゃんも口が悪いけど、1A委員長の
「ねえねえ、マリー」
「なんじゃい」
顔中にカラフルなペンキの刷毛跡がついてるマリは、振り向きざま彩色をまた一色増やした。まるで、インディアンみたい。
「乙女な悩みってのは、誰に相談すればいいんだろ?」
「ほほー、色ごとかや?」
「そういう言い方はエロいからやめて」
「なんだ、そっち系じゃないのか」
マリは、なにげにがっかりしてる。まあ……なんだかんだ言っても、各務先生のにらみが効いている限りわたしたちの恋愛事情はずっと灰色だ。せいぜい耳年増になるのがいいとこ。学園祭でカレシ、カノジョを作ろうなんてのは野望に近いんだろう。親は来ても、他校生はほとんど来ないし。
そうなんだよね。わたしたちにとって、レンアイってのはせいぜいそのくらいのふわふわっとしたもんなんだ。どんなにとんがっているように見せかけても、それは見せかけ止まり。単なる虚勢に過ぎない。
わたしだって、タロと出会うまでは恋愛のれの字もなかった。そもそも恋愛に興味がなかったんだ。クラスで誰と誰が仲がいいとかいう話を小耳に挟んでも、よーやるわとしか思ってなかった。
でも。今はそうじゃない。わたしの隣にはタロがいる。いつも真っ直ぐなタロがいる。でも、タロはそこにいるだけ。わたしに恋愛感情を持っているとはとても思えない。それなのに、わたしの恋愛ゲージだけが先に跳ね上がっちゃったんだ。
その落差がすごく辛い。突き放したのはわたしなのに、そうしちゃったわたし自身をすごく呪ってる。この大馬鹿野郎がって。
「はあ……なんだかなあ」
「なに、例の記憶喪失男?」
どっきーん! マリ、あんたなんでいきなりそんな豪速球投げるわけ?
「う……う」
「まあ、いいけどね。蓼食う虫も好き好きで」
「なに、マリの恋愛対象にはならないわけ?」
「ならん。あんな、ぷーに毛ぇ生えたようなの。甲斐性なしの権化じゃん」
むっかあああっ! ものすごーく頭に来て、一瞬で萎えた。だって、それはわたしが神家でタロに言ったのと全く同じセリフだったんだもん。
「そうだよねえ……」
「いいけど、手ぇ動かして。このペースじゃ終わらん」
「あ、ごめん」
人に言ったことは自分に返ってくる。わたしがタロに何かを望むなら、わたしもタロに何かを望まれるんだろう。その時に、ごめんわたしには何もないとしか言えなかったら……。神家でタロにふざけんなと罵ったことを、そっくり返されてしまうんだ。
「はあっ」
だめだな。今のわたしは身も心もすっかすかだ。すごくレベルが上がったタロよりもずっと劣ってる。それを思い知らされちゃった。前途多難だなあ……。
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