魔女の子孫

 合宿がほぼ終わった。あの後も三回ほど森に入り、消し炭になる兎を見る羽目になった。後方支援とはなんだったのかと聞きたくなるぐらい、ルシアン様が頑張っていた。私とモイラの出番はなかった。ついでにヴィクス様の出番も。


「レティシアを危ない目に合わせるわけにはいかないからね」


 と言って笑っていたルシアン様は、最後の方では草の音にすら反応して魔法を放っていた。草とかに引火させることなく兎だけを燃やす手腕には舌を巻くが、正直怖かった。


 クラリスとマドレーヌはパルテレミー様と組んでいたらしい。マドレーヌを制御できるのはパルテレミー様しかいないという、学園側の配慮なのだろう。

 クロエとペルシェ様はディートリヒと組んでいた。最終日が近づくにつれてディートリヒが疲れた顔をしていたが、何をしていたのだろう。クロエが小動物演技をして、魔物の相手をすべてディートリヒに押し付けていたのかもしれない。


 そして何事もなく過ぎ去った合宿は一日自由行動となり、その後は学園に帰ることになる。前回のように馬車の数が足りないということはないそうで、それなりの台数が用意されているらしい。それでもひとりひとつとはいかないため、誰かしらと同乗することになるとかなんとか。


 そして与えられた自由行動で私は当たり前のようにルシアン様と過ごすことになった。不思議だ。

 遠出するわけにはいかないので、白い花が咲く野原でルシアン様と語らうことになった。どうしてこうなった。いや、断らなかった私が悪い。


「合宿はどうだった?」

「新鮮でした」


 色々な意味で。

 モイラとの共同生活はそう悪いものではなかった。普通に世話を焼いてくれたので、むしろ快適だった。小動物の消し炭に衝撃を受けた私を労わってくれたし、思っていたよりもいい子なのかもしれない。


「ねえ、レティシア」


 そっと手を取られる。そういえばここはルシアン様に内臓を潰されかけたところだ。

 また内臓を潰されそうになるということはないとは思うが、少しだけ警戒してしまう。


「まだ私との婚約を解消したいと思ってる?」


 ルシアン様に色々教わってからすでに一月半が経っている。前期も残すところ後半分だ。

 約束の期限は卒業までなので、時間はまだまだある、はず。一年と五か月でどこまで成長できるのか、自分でもよくわからない。


「……そう、ですね」


 ルシアン様が色々してくれているのもわかっているし、私に好意を抱いてくれていることもわかっている。

 だけど恋愛感情だけですべてが通せるほど、貴族というものは優しくない。今回の合宿でそれがよくわかった。貴族は領民を守るために色々やらないといけない。

 魔物の脅威もさることながら、他の貴族との協力関係も必要となるし、上に立つ責任も背負うことになる。


 貴族に生まれたのが間違いなんじゃ、と思うぐらい私にそれだけの技量は備わっていない。

 マドレーヌは淑女らしくないけど、試験で女子一位という結果を出している。クラリスは学園に通う前から領民のために行動していた。アドリーヌも人脈を作るために色々な茶会に参加したりしている。


 私はそういった、貴族としてのあれやこれやをすべて放り出して部屋にこもっていた身だ。


「卒業までにどれぐらい成長できるかわかりませんが、もしもルシアン様に相応しくなれたら、そのときはよろしくお願いします」

「いや、うん……そうなってくれるように願ってるよ」


 苦笑を浮かべながら、ルシアン様の手が髪を梳くように撫でる。

 一々聞くなと言ったからか、触れるときに許可を取らなくなった。良いことなのか悪いことなのか判断に悩む。どうせ聞かれたとしても許可を出したと思うので、変な羞恥心を感じないだけマシなのかもしれない。


「私は今のままのレティシアも好きだよ。……それだけは忘れないで」


 髪を一房取って、口づけが落とされた。気障だ。気障すぎる。

 なんでこの人はすぐ甘い空気を作り出そうとするのか。王子だからか、王子はそういうものなのか。

 ディートリヒも王太子様も気障だし、そういうものなのかもしれない。


「戻ろうか」


 自然と繋がれた手を引かれて合宿所に戻った私は、早々に家に逃げ込んだ。





「なんだか、意地になっている私が馬鹿みたいじゃない!?」


 夕食の支度をしていたモイラがきょとんとしながら首をかしげた。


「ええ、馬鹿だと思いますよ」

「何も聞いてないのに断言されたわ」

「聞かなくともわかりますとも。ルシアンと一緒に出かけていたのでしょう? 何が起きるかなど、容易に想像がつくというものです」


 ころころと笑う姿は愛らしいのに、口から出てくる言葉はまったくもって可愛くない。


「私はルシアン様の優しさの上に胡坐をかきたくないのよ」

「その優しさを無下にしていらっしゃるのに?」


 言葉の剣が胸にぐっさりと突き刺さった。


「……だ、だって、ルシアン様と結婚するとなったら、使用人とか家臣とか、色々できるわけでしょう? 使い物にならない夫人なんてその人たちからすればただのお荷物じゃない。次を娶れって言い出すに決まってるわ」

「その程度のことで私の孫が心変わりをするとでも?」

「あなた、ルシアン様と会ってからまだ一月半しか経ってないじゃない」

「千年を生きた者をなめないでくださいな。あの程度の若造、ほんの一時行動を共にすれば十分です」

「後ついでに、あなたと身内になるのが嫌だわ」


 ただの難癖だが、モイラは目を瞬かせてからころころと鈴の鳴るような声で笑った。


「すでに身内ですのに、おかしなことを言いますのね。あなたの義姉――名前はなんと言ったかしら……。忘れてしまいましたが、彼女は私の子孫のひとりですよ」

「あなたの子孫多すぎるのよ!」


 石を十人に投げたらその内ひとりは彼女の子孫かもしれない。千年の間にぽんぽん産んではぽいぽい捨てていたので、リリアですら把握できていない子孫がいるぐらいだ。

 すべて合意の上でできていない子どもたちなので、親としての責務云々とかをリリアも説くことができなかった。できたのは迫害されていた場合に保護するよう教会に掛け合ったぐらいだ。


「……って、なんであなたがそんなこと知ってるのよ」

「私の子孫として教会に保護されていた子ですもの。ライアーが覚えていました」


 リューゲも一言ぐらい言ってくれれば、と思ったが私がリリアの記憶を取り戻したのはリューゲがライアーに戻った日だった。わざわざあの場で「マリーは魔女の子だよ」とか言うはずがない。


「ですので私の身内どうこうは諦めなさい。ルシアンは性格に少々難はありますけど、そう悪くない相手でしょう? あなたをそのまま愛すると誓ってくれる方などそういないのですから、諦めてはいかが?」

「ルシアン様の負担にはなりたくないのよ」

「あら、愛する者に架せられた使命は光栄に思いこそすれ負担になどなりませんよ。敬愛する勇者さまに殺せと命じられても、魔女と呼ばれるようになっても、負担に思ったことなどございませんもの」

「比較対象が凄すぎて参考にならないわ」

「私の血を引く子ですもの。愛のためならば愛する者を手にかけることも厭わないはずです」


 そこはさすがに躊躇してほしい。私はまだ死にたくない。


「まあ、冗談はさておいて……あなたが未熟なままでも共に歩める道を模索するのはいかが?」


 暗に私は完璧な淑女にはなれないと言われているような気がする。それはこの二週間での共同生活で無理だと判断されたのか、あるいは自分に頼らなければ無理だと言いたいのか。どちらもありえそうだ。


「……私はまだ諦めないわ」

「さっさと諦めれば皆幸せになれますのに」


 呆れた声に歯噛みする。

 わかってはいるんだ。私がこのままでいいや、と諦めたらルシアン様は喜んでくれる。今の状態が生殺しのようなもので、ルシアン様に負担をかけているということもわかってる。


 だけど、無理だ。

 第二夫人を望む声を受けても、ルシアン様は頷かないでいてくれるだろう。私のするべきことをルシアン様が代わりにやってくれて、ただルシアン様の横にいるだけの生活――想像するだけで罪悪感で押しつぶされそうになる。


 絶対逃げる、間違いなく逃げる、確信をもって言えるぐらいに、私は逃げ出す。


 だから今、頑張らないといけない。

 ルシアン様の横に自信をもって並べるようにならないと、私は逃げ出してしまう。自分の逃げ癖は自分が一番よくわかっている。

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