【狂信者の国ってこと忘れてるんだろうなぁ】

 肌寒くなってきてるからか、道行く人の服装は様々だ。厚着の人、逆にまだ薄手の服を着ている人。身なりの綺麗な人もいれば粗野な風体の人もいる。

 王都の貴族街や平民街とは違って、色々な人がいる。


「きょろきょろしてないでどこに行くか決めてよ」


 その中で一人不満そうな顔をしているのは、私の隣に立つリューゲだ。飄々としている彼が珍しく、わかりやすいぐらいに不機嫌になっている。

 リューゲはもしかしたら外が嫌いなのかもしれない。学園に来てからというもの、部屋から出るのは食事を取りに行くときだけだ。

 ならば付き合わせるのも悪い――とかは思わない。日頃馬鹿にされている恨みを晴らすよい機会だ。存分に連れ回そう。


「とりあえず書店かしら。植物図鑑と動物図鑑が欲しいわ」

「そんなの学園にあるんだから、わざわざ買わなくていいと思うけど」

「部屋でゆっくり読みたいのよ」


 図書室には宰相子息がいる。いついるのかは知らないが、彼のことだからほとんどの時間を図書室で過ごしているはずだ。

 そこでうっかり遭遇でもしたら「図鑑よりも歴史書を読んだほうがいいんじゃないですか」とかの嫌味を言われそうだ。それは精神衛生上よろしくない。


「書店がどこにあるのかわからないから、色々見ながら探すわよ」


 書店を探しがてらあっちこっちに歩き回り、リューゲに落ちつきなよと注意を受けながらも文具店を覗いたりと好き勝手に歩き回る。

 ようやく本命の本屋を見つけたのは、だいぶ経ってからだった。


「まあ、こんなところにあったのね」

「一時間ぐらい前にあるよって言ったと思うんだけど」

「そうだったかしら? 覚えてないわ」


 嘘だ。覚えてる。


「ほら、見つけたから行くよ」


 と言いながら私を誘導するリューゲを振り切って文具店に突入した。それからも書店があるらしき場所を避けて歩き回った。おかげで足は痛いがだいぶ満喫できた。

 リューゲも諦めたのか、途中からは書店に誘導することなく大人しくついてきてくれていた。


「それで、植物図鑑と動物図鑑だっけ? なんでそんなものが欲しいの?」

「植物と動物が好きだからよ」

「そんなのよりも歴史書でも買ったほうがいいんじゃないかな」


 宰相子息ではなくリューゲに嫌味を言われた。歴史書なんて読んでても眠くなるだけだし、そもそもリューゲが邪魔をしてこなければもっと学べていたはずだ。私の勉強を邪魔するリューゲにだけは言われたくない。


 リューゲの忠告を無視して図鑑だけを買い、この後どうするかと悩みながら歩いていたらお菓子が並ぶお店が目に入った。最近は焼き菓子ばかりだから、目新しいものでも買ってみよう。色とりどりのとか、可愛いのとか、何かあるかもしれない。


 貴族街のお店は中に入らないと何が売っているのかわからない作りだったけど、学園都市のお店は大きなガラス窓が張られていて、中の様子が外からもうかがえるようになっている。


「あら、この砂糖菓子……綺麗ね」


 ガラスの向こう側には小さな白い花を象った砂糖菓子が小瓶に詰められて並んでいる。よく見ると、二種類の砂糖菓子を売っているようだ。どちらも白い花だが、蓋の色が違う。


「そちらはリリアとフィーネですわね。このあたりに群生している花ですのよ」


 砂糖菓子を観察していたら横から声をかけられた。

 はてと首を傾げ、声のしたほうを見るとたおやかな笑みを浮かべる金髪の女の子がひとり。見たことないけど、どこかで会ったことがあるのだろうか。


「お初にお目にかかります。私、エミーリア・クルト・ローデンヴァルトと申します」


 そう言って優美な礼をする女の子は、王太子と駆け落ちする予定のお姫様だった。


「……エミーリア様、こちらこそお目にかかれて光栄です。私はレティシア・シルヴェストルでございます」


 こんなところでお姫様に会うとか思いもしていなかった。不意打ちはやめてほしい。心臓が早鐘のようにを打ち、何を言えばいいのかすらわからなくなってくる。

 だって目の前にいるのは本物のお姫様だ。夢見る少女だった私は、お伽話に出てくるお姫様にとても憧れていた。結局お姫様ではなく悪い魔女になるのだけど、それでもお姫様というものは私にとって特別な存在だった。


「ええ、存じておりますわ」

「エミーリア姫!」


 にこにこと笑うお姫様の背後に肩で息をする王太子が現れた。王太子がここにいるということは、ヒロインもどこかにいるのだろうか。

 軽く周囲を見回してみるが見つからない。一度見つかったから、離れたところから観察しているのかもしれない。


「……勝手に行かれたら困ります」

「あら、ごめんなさい。レティシア様が見えたから、つい」


 そう言って、お姫様は穏やかに微笑んだ。お姫様が私になんの用があるのだろうか。王太子との関係を邪魔しようとは思っていたけど、まだ何もしていない。


「あ、ああ……レティシア嬢。知っているとは思うが、こちらはローデンヴァルト国の第六王女エミーリア姫だ」

「あらいやですわ、フレデリク様――もう挨拶はすんでおりますのよ」

「いつの間に……いえ、それなら彼女の紹介はいりませんね。エミーリア姫がレティシア嬢にお会いしたいのはわかりますが、突然走り出さないでください。見失ってしまっては俺の立つ瀬がありません」


 なんとか呼吸を整えた王太子と、息ひとつ乱していないお姫様。これは王太子の体力がないのか、お姫様の体力が尋常じゃないのか。どちらにせよ片方は残念な感じになる。


「次からは気をつけますわ」

「……ならいいのですが」


 王太子はちらりと私とリューゲを見るとお姫様に向き直った。


「では、もう満足されましたか? レティシア嬢の邪魔をされては悪いでしょうし、早く行きましょう」

「まあ、お邪魔ですの?」


 頬に手をあてて小さく首をかしげながらこちらをうかがう仕草に、私はどう答えればいいのかわからずリューゲに助けを求めた。無駄だった。

 完全に従者として黙りこんでいる。肝心なところで役に立たない。


「え、ええと……私のほうこそおふたりの邪魔をするわけにはいきませんので、失礼させて――」

「邪魔だなんて、そんなことありませんわ。フレデリク様に美味しい喫茶店を教えていただくところでしたの。レティシア様もご一緒にいかが?」


 そっと手を取られ懇願するように見つめられる。

 大粒の宝石のような緑色の瞳を見ながら、私は頷くことしかできなかった。助け船もない状況で、お姫様の頼みを断れるわけがない。

 憧れという意味でも、単純に王族だからという意味でも。



 そして何故か王太子とお姫様とリューゲと一緒に机を囲んでいる。


 喫茶店に入り席に座ろうとしたところで、リューゲをどうすればいいのか悩んだのが発端だった。偉い人を相手するとき、リューゲはいつも私の後ろに控えていた。でもここはお店だ。そんなところで突っ立っていたら邪魔者以外の何者でもない。

 かといって外に待機させておくこともできない。すでに店内に入ってしまっている。


 椅子を前にして硬直する私に助け船を出してくれたのがお姫様だった。


「従者の方もご一緒されてはいかがかしら」


 にこにこと微笑みながら、リューゲにも椅子を勧めてくれた。王太子は何も言わなかったけど、駄目とも言わないので結局そういうことになった。


「レティシア様のお噂は聞いておりましたの。どうしてもお会いしたいと思っていたのですけれど、機会に恵まれず……だからこうして会えた奇跡を女神様に感謝しなくてはなりませんわね」

「私もエミーリア様に会えて嬉しいですわ」


 わからない。どうしてお姫様が私に会いたいと思うのかがわからない。

 噂ってなんだろう。ヒロインと王子様を取り合っているという噂だろうか。それで会いたいと思うのは、正直どうかと思う。


「お話に聞いておりましたが、本当に似ていらっしゃるのね」


 ほう、と感嘆の溜息をつかれたが、わからなさすぎて怖い。

 何これ怖い。逃げ出したい。


「エミーリア姫、それでは説明になってませんよ。レティシア嬢は教会から離れて暮らしていたのですから、聖女についてあまり詳しくはないはずです」

「まあ、そうなのですか? 聖女から何も聞いておりませんの?」

「え、ええ……多分」


 聞いたかどうかすら覚えていない。覚えていないのなら多分聞いていない。

 

「私ったらはしたない真似をしてしまいましたのね。不作法をお許しくださるかしら」

「いえ、そんな、不作法だなんて思っておりませんわ」

「まあ、レティシア様は優しい方ですのね」


 ものすごく、居心地が悪い。焼き菓子ちゃんもだいぶ私に心酔していたけど、あれは理由あってのことだ。だけどお姫様の理由はわからない。当たり前のことを当たり前のように返しているだけなのに、相手に届いていないようでいて届きすぎている。


「私の国には聖女様の絵姿が祀られてますの。レティシア様は聖女様にとてもよく似ていると……そうお聞きしておりましたので、気がはやってしまいましたわ」

「聖女様の……?」

「ええ、そうですわ。たくさんの方を癒した、女神様の御使いである聖女様にとてもよく似ていらっしゃる方が、教会から離れた聖女から産まれるだなんて素晴らしい奇跡ですもの」


 言っている意味がよくわからない。聖女様と聖女で区別しているようだが、何が違うのだろうか。

 私を産んだということは、お母様が聖女ということなのだろうか。


「申し訳ございません。私の教育不足でした」


 何故だからリューゲが謝罪して私を見た。


「お嬢様、女神様の御使いである聖女様が教会の当代を務めて以来、教会の当主となる者は女性ならば聖女と呼ばれ、男性なら教皇と呼ばれるようになったのです」

「つまり……?」

「奥様は長子でしたので、本来ならば聖女として当代を務めるはずでした。ですが、当代を継いだのはその弟君となり、奥様は当主様に嫁いだのです」


 リューゲが従者らしく振る舞っていると違和感しかない。

 完全にこの魔族に毒されている。


「本来ならば許されるようなことではなかったのですが、教会が認めたことですし、こうして聖女様とよく似たレティシア様が産まれたのですもの。きっと女神様の御導きだったのでしょう」

「それでは、エミーリア様は聖女様が私によく似ていらっしゃるから、会ってみたかったということでしょうか」

「あら、それだけではありませんわ。ルシアン様とどれぐらい仲がよろしいのかとか、色々お聞きしたいとも思っておりましたの。私も王女である前にひとりの女の子……恋のお話とかをしてみたいお年頃ですもの」


 王子様との仲はよくないと思う。今は絶賛怒られ中だ。

 それにお姫様とできるような恋の話なんて持っていない。


「あら、恋のお話だなんて素敵ですわね。エミーリア様と王太子殿下は、その、恋をしていらっしゃる関係なのですか?」


 だから矛先を王太子に向けよう。私に話せと言われても無理だ。無茶振りかもしれないが、頑張ってほしい。


「いや、エミーリア姫と俺はそういう関係ではない」

「ええ、そうですわね。フレデリク様のことはとても素晴らしい方だとは思っておりますけど、お父様が許してくださらないわ」

「お父様とおっしゃると……ローデンヴァルト王が、ですか?」


 王様に後妻を押しつけようとしているから、娘の結婚に反対するとは思わなかった。

 これはヒロインが求めていた駆け落ちする理由に繋がるのかもしれない。心持ち身を乗り出して、お姫様の話に耳をかたむける。


「ほら、私の髪はすこしくすんでいるでしょう? もっと綺麗な……そうね、ディートリヒのような金の髪でなくてはお父様は認めてくださらないわ」


 お姫様は自分の髪を摘まんで私によく見えるように差し出してきた。確かに隣国の王子や王太子に比べたら少しだけ暗めの色をしている。

 この程度で駄目とは、思っていたよりも王太子のお嫁さん選びは難しいのかもしれない。

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