『上級クラスに行くべきだと、そう思うだろう?』

 ――この世界は私に優しくないらしい。


 教室の中、埋まりきった椅子を見て私はそんなことを考えていた。

 上級クラスにいるのは私、王子様、騎士様、宰相子息、女騎士様、焼き菓子ちゃん、クラリス、それから顔と名前が一致しない人たち。

 ヒロインの姿はない。


 ゲームでは、一番最後にヒロインが来て注目を集めるという展開だった。だからわくわくしながら待っていたのに、ヒロインが来る前に席は埋まってしまった。

 入学式、試験後、そして今日。ここまで展開を外されたら、鈍感な私だって察するしかない。


 

 ゲームとは違う世界なのかとも一瞬考えたけど、登場人物は同じだし、私と王子様、焼き菓子ちゃんと宰相子息、女騎士様と騎士様。三者の婚約はゲームどおりだ。リューゲの存在といい、違う世界だと考えるには要素が揃いすぎている。

 この世界でおかしいのはヒロインただひとり。


 ――浮いていたし。



 そう。冷静に考えたらわかることだった。

 普通浮かない。浮いている人なんて、ヒロイン以外に見たことがない。ゲームでも浮いていたら、ありえなさすぎて描写されるに決まっている。

 入学式の時点で気づくべきだった。そんなことあるはずがないという思いこみと、浮いているインパクトが強すぎて思わず目を逸らしてしまった。


 教師の話を右から左に聞き流しながら、この先どうするかを考える。

 おかしいヒロインを、どうやってハッピーエンドに持っていくか。持っていけるのか。

 王子様との出会いだけは、一応すんでいる。ならば王子様一人に絞ってハッピーエンドに向かわせればいいのだろうか。

 しかし、クラスが違うとなると王子様とのイベントのいくつかがこなせない。


「……駄目だ、わからない」


 頭を抱えて、教室から出ていく先生を視界の端に捉えながら唸る。ルート分岐が起きるのは、一年生の最後のほう。合宿が行われ、そこでの選択肢によってルートが確定する。

 クラス毎で合宿先が違うから、同じクラスでないとそのイベント自体起きない。


「レティシア様が悩まれているだなんて、珍しいですわね」


 視線を上げると、金髪を見事なロールにしているクラリスが立っていた。


「私だって悩むことぐらいあるわ」

「まあ! わたくしったらレティシア様はのうて――いえ、とてもお幸せな方だと思っておりましたわ」


 その幸せには頭が、という言葉がつきそうだ。まったく言い直せていない。


「それで、何を悩まれていらっしゃるの。先生のお話にわからないことでも? 難しいことは何もおっしゃっていなかったように思いますけど……」


 クラリスなりに心配してのことだとわかっているので、追及はしない。息を吐くように毒を吐くのは、クラリスの持ち味だと思う。私も見習いたいものだ。


「先生の話でわからないことがあったわけじゃないわ」


 そもそも聞いていない。


「ちょっと、ある人のことで悩んでるだけよ。どうやって近づけばいいのか……」


 普段の私だったら、相談なんてしなかっただろう。でも今は猫の手も借りたい気分だ。なんでもいいから、この状況を打開するすべが知りたい。どうすれば私は婚約破棄してもらえるのか。


「お近づきに……? それって、殿方ではないでしょうね」

「レティシア! まさか、ここに……!?」


 王子様が現れた。最初から教室にいたけど、心境としてはそのぐらいの唐突さだった。


「いえ、女の子ですわよ。入学式の日に殿下とぶつかった方ですわ」

「あ、ああ。あのときの……」


 王子様の顔が青くなったり赤くなったり忙しい。まあ、女の子に突き飛ばされたというのは、末代までの恥だとは思うけど。

 しかも女騎士様みたいな鍛えているようなのとは違う、華奢で可愛らしい女の子だったから王子様の心的ダメージは中々のものだろう。


「それで、何か案はないかしら」


 王子様の出現によって口を閉ざし、一歩下がって見守る体勢に入ったクラリスに話を振る。王子様は自分からいかなくても人が近づいてくるだろうから、この手の相談には向いていないだろう。


「え、ええ……王子殿下、わたくしが口を挟んでもよろしいでしょうか」

「ん? ああ、ここは学園だからそんなに気を遣わなくていいよ」

「それでは、僭越ながら――レティシア様はあちらから来てくれそうにないから、悩んでますのよね。それなら、こちらからお声をかけるしかないと思いますわ」

「まあ、そう、よね」


 確かに、ただ近づくだけならそれでいい。だけど私の最終目標はヒロインと王子様をくっつけて、婚約破棄されることだ。

 私が仲人したらヒロインを苛められないし、性格が悪くないと婚約破棄されない。


 八方ふさがりな現状は変わらないまま、次の授業を知らせる鐘が鳴った。





 だけど、神は私を見捨てていなかった。



「なんで! 私はそんな、上級なんて無理です!」


 わめくヒロインが魔法の授業に引きずられてきた。

 そう、引きずられて・・・・・・


 ヒロインの足が――地面に着いている。


「あー、皆に紹介しないといけないな。彼女は他の科目では下級クラスを受けているが、魔力量が多いので下級クラスの授業では持てあましてしまうので、魔法学だけ上級クラスで受けることになった。――ほら、挨拶するんだ」


 ヒロインを引きずってきた魔法学の教師はそう言って、ヒロインを皆の前に立たせた。

 涙目で、今にも逃げ出しそうなヒロイン。逃げ癖のついている私はヒロインに少しだけ親近感を抱く。


「クロエ、です。皆さまの邪魔にはならないよう、頑張りたいと思います」


 そう言って、ヒロインは腰を折って頭を下げた。貴族の礼ではない。

 いや、そもそも、お辞儀という文化自体――この世界にはない。

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